㉚ 唐鏡の製作技法と文様表現研 究 者:公益財団法人 黒川古文化研究所 研究員 川 見 典 久はじめに西晋の滅亡後、250年以上にわたって分裂していた中国を隋が統一すると、しばらく低調であった青銅鏡の製作にも復興の兆しがみえはじめる。隋は30年足らずで亡びるものの、替わって成立した唐の時代(7~10世紀初)には高い鋳造技術により良質の青銅を使用した鏡が盛んに作られた。その背面には、ペルシアなど西アジアから伝わった植物文様や写実的に造形された瑞獣などの華やかな意匠があしらわれており、美術的にも漢時代とならんで優れた作品が多い。日本にも大きな影響を与えたことは、正倉院宝物として伝世した奈良時代の美術工芸品のなかに、多数の唐式鏡が含まれることからも窺える。隋唐時代の青銅鏡の全体像については孔祥星氏や秋山進午氏らによって編年案が示され、近年には隋から初唐の鏡について持田大輔氏が編年し、盛唐から晩唐にかけての鏡を中川あや氏が詳細に分類するなど、主に考古学的方法によって研究がおこなわれている(注1)。中国における発掘調査の進展もあり、確かな出土資料による詳細な研究が進みつつある状況である。ただ、日本国内の出土・伝世品には中国からの舶来鏡と、それを真似て国内で製作された倣製鏡があると考えられ、また、近代に収集されたコレクションには相当数の偽物が含まれていよう。金属組成からのアプローチも試みられているものの、現状では文様の整合性や鋳上がりなどの完成度からそれらを判別していると思われ、地域や時代ごとの製作技法の具体的な違いや、文様の形態表現における意識にまでは議論が及んでいない。これを正確に把握するためには、鏡体の形状や図柄の違いにとどまらない、表現と技法の詳細な分析が不可欠である。また、青銅鏡のような鋳造品の場合、過去の作品を真似た倣古作とともに、すでにある製品から型を取って複製を作る、いわゆる「踏み返し」の可能性を想定する必要がある。この場合、鏡体の形状や文様がそのまま写されることになるため、製作された時代を判断するには、鈕や鈕孔の形状、周縁部や背面の研磨の有様、造形に対する意識など、後世に同形式で作ろうとしても真似ることが難しい部分を分析することが重要であろう。本研究では、青銅鏡から唐時代における美意識を明らかにする手始めとして、その鏡背にあらわされた文様について、どのように立体性や躍動感、生命感をあらわそうとしているのか、形態表現や配置の意識にまで踏み込んで具体的に考察する。その際、― 323 ―
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