鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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1 初唐の青銅鏡a.「盤龍麗匣」狻猊文鏡(泉屋博古館)〔図1〕径19.3cmの中型鏡で、半球形の鈕を中央に置き、二重線により内区を6つに区画し、それぞれに瑞獣(狻猊)を配する。凸圏を挟んだ外区には、楷書により「盤龍麗匣 舞鳳新臺 鸞驚影見 日曜花開 團疑壁轉 月似輪廻 端形鍳遠 膽照光来(龍を麗匣に盤(わだか)まらせ、鳳を新台に舞はす。鸞は驚きて影見(あら)われ、日曜(てか)りて花開く。団(まる)きこと璧の転ずるを疑はせ、月の輪廻するに似たり。形を端へ遠きを鍳み、胆照らして光来る)」の銘文をあらわす。同型の鏡は陝西省西安市三橋東第189号唐墓(注2)、同興平県丰義郷小楊村(注3)、浙江省紹興県(注4)などから出土している。現在までに墓誌など絶対年代が明確な資料を伴う例はないものの、外縁と銘文帯の間に四本線を三角に連ねた文様帯を巡らせ、内区と外区を隔てる凸圏の内斜面に二重の鋸歯文を巡らせるなどの構成は初唐頃の鏡に多い。その表現を可能にした製作技法について、作品に残されたさまざまな痕跡の観察を通して明らかにするとともに、鈕や鈕孔、周縁の形状のわずかな違いに留意しつつ詳細に分析する。なお、紙幅の都合上、本稿では初唐の鏡を中心に検討を加えることとし、なかでも特に文様の突出が大きく、彫刻に近い表現が多く見られる、いわゆる「海獣葡萄文鏡」のような造形がどのように成立するのかを、いくつかの作品を取り上げて考える。半球形の鈕は立ち上がりの角度がやや急で、円の下四分の一が切れた形の鈕孔をあける。内部がまっすぐのトンネル状ではなく、かまくらのような半球形の空洞になっていることには留意が必要であろう。鈕の周りにあしらった蓮華文は、複弁式の六葉を二重線で区画した六角形に対応するように配し、その間に稜のある単弁を飾る。さらにその外側に蘂文を巡らせ、六角形の角には三山形を配する。薄肉彫であらわされた狻猊は2頭ずつが向かい合い、振り返るものや胴を反らせて上を見るものなど、それぞれに姿勢を変化させ躍動的に捉える。身体の周りには漢鏡にもみられる「気」と思われる表現やパルメット唐草をあしらう。愛嬌のあるものや口を噛みしめるものなど、わずかな表情の違いを巧みに捉え、漢鏡よりも写実的で柔らかい表現となっている〔図2〕。本鏡をはじめとする初唐の鏡は、姿を映す鏡面や手が触れる周縁部だけでなく、背面の文様も丁寧に研磨がおこなわれており、製作技法を知る痕跡を見出すのが難しい。いくつかの作品にのこされた痕跡から、唐鏡の多くは蠟型鋳造(失蠟法)による― 324 ―

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