鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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とみられている(注5)。蜜蠟製の原型を作る工程は、まず文様の無い鏡体を作り、そこに別作りした文様をパーツごとに貼り付けたと考えられる。一つ一つの文様は石や木などの材に陰刻した笵を用いて蠟原型を製作したと想定されている(注6)。本鏡の場合、鈕孔の形状などから製作のいずれかの段階で蠟原型を介在していることは間違いなかろう。また、狻猊の爪の表現は中世和鏡にみられる「ヘラ押し」に近く、粘土のようなある程度柔らかい材を陰刻して笵を作り、蠟原型を作ったと考えられる。内区を区画する二重線の交わる部分からも陰刻の痕跡が看取できる。b.「永徽元年」方格規矩四神文鏡(黒川古文化研究所)〔図3〕aと似た特徴を有する鏡として、「永徽元年」(650)の銘を有する方格規矩四神文鏡がある。隋唐鏡のなかではほとんどない年紀を有する鏡として貴重であり、編年の標識とされるものである。直径18.5cmの中型鏡で、方形に区画した内区に四神を配し、凸圏を挟んだ外区には銘文帯を設ける。篆書で「光流素月質稟玄精澄空鑒水照逈疑清終古永固瑩此心霊(光は素月を流し、質は玄精を稟(う)し、空を澄まし水に鍳み、迥(はるか)を照らし清を凝らす。終古まで永固にして、此の心霊を瑩(すま)す)」の銘文をあらわす。同じ年紀を有する鏡が五島美術館に2点(うち1点は破片)と大阪市立美術館、早稲田大学会津八一記念博物館(服部コレクション)にあり、それぞれ四神の表現などに違いがある(注7)。この永徽元年鏡とさきほどみた狻猊文鏡(a鏡)には、凸圏や周縁の内斜面に鋸歯文を有するなどいくつかの共通点がある一方、いくつかの看過できない違いがある。まず、鈕孔の形状が長方形に近く、内部もa鏡ほどの広がりがない。鈕の周りにあしらう蓮華文には、稜のある花弁はなく、単弁16葉か複弁8葉なのか表現が不明瞭となる。周縁内側の四重線文帯と鋸歯文帯の間に、a鏡は明確な段差があるが、本鏡はなだらかに連なっている〔図4〕。出土事例も含めた資料の検討が必要であるが、a鏡は本鏡よりも先行する形式と推測される。c.「光流素月」唐草狻猊文鏡(京都国立博物館)〔図5〕直径14.9cmと前の2鏡と比べるとやや小型である。内区には6頭の狻猊とそれを取り巻くように巡るパルメット唐草文をあしらい、外区には楷書によりb鏡と同じ「光流素月」の銘文をあらわす。内外区の間を隔てる凸圏の内斜面にはa鏡、b鏡と同じく二段の鋸歯文を巡らせる。また、周縁の内斜面にも鋸歯文を巡らせ、上面には四重線と珠文を交互に連ねる。― 325 ―

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