れのモチーフが立体的に造形されているのが注目される〔図10〕。つまり、文様を真上から見たときに立体的に見えるようにしているのではなく、彫刻のように立体そのものをあらわしているのである。このような表現は鋳型の材となる粘土に文様を直接彫りくぼめ、凹凸が逆のものを造形する方法では難しく、まず何らかの原型を製作したと想定されよう。ただ、蠟型鋳造を論じる際に問題にされることが多い「逆勾配」は、これだけの凹凸があるにもかかわらず、意外と存在しないことには注意を要する。例えば、龍あるいは麒麟とみられる瑞獣の場合、顎の下のくびれが表現されておらず、また、見上げる姿勢をとる獣や小禽も、極端な逆勾配にならないような工夫がなされている〔図11〕。製品あるいは蠟原型を作るいずれかの段階で、凹型を作るために笵材から凸型を抜く工程があったことが想定される。一方、葡萄唐草文は葉と房が凸圏の内側に9ずつ交互に並ぶよう規則的に配置される。それらを繫ぐ蔓の途中には生育途上の小さな葉があらわされ、伸びつつある蔓がとぐろを巻いている。房はまっすぐに垂れるのではなく、左右にややまるまるものが多い。この房には実のひとつひとつが粒状に表現されるが、注目されるのは、実と房を結ぶ軸が表現されているところである〔図12〕。これも7世紀前半とみられる葡萄唐草文を有する鏡にはみられず、初唐の終わりになって採用されたものと思われる。e.海獣葡萄文鏡(香取神宮)〔図13〕直径29.7cmの大型鏡で、正倉院南倉「鳥獣花背円鏡」(第9号)と同型である。奈良国立博物館の吉澤悟氏による詳細な研究報告が公表されており、部分拡大像や斜めからの俯瞰像など、役に立つ図版が多く掲載されている(注10)。鈕は伏せた獅子形で、岩座に乗り、前肢で鹿を押さえて噛みつく。巻き毛状のたてがみや背骨、脇腹の凹凸を細かく造形している。内区には葡萄唐草文と獅子のような瑞獣20頭をあらわす。瑞獣は親子が戯れる様子をあらわしており、頭に2本の角を有するものや、たてがみだけでなく胴部も巻き毛で覆われるものが混じる。凸圏を挟んだ外区の内側には一段高く凸線で縁取った凸帯が巡る。外区と連続するように葡萄唐草文を敷き詰め、その間に小禽や昆虫を配する。外区には獅子あるいは狻猊のような獣とともに、鹿、天馬、孔雀、鳳凰、鴛鴦、鶏を2頭一組で配し、時計回りに駆け巡る姿をあらわす。最も外側の周縁部上面には、波状に雲花文を巡らせる。瑞獣は複雑な姿勢を横や上、下などさまざまな視点から捉え、開いた口の中に牙を表現するなど描写が細かい。四肢や爪も「ヘラ押し」のような表現ではなく、立体を意識した写実的なものとなっている〔図14〕。また、葡萄唐草文の実と房を結ぶ軸も― 327 ―
元のページ ../index.html#338