鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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の、この肖像のモデルがエヴァであることは、その愛らしい表現のほか、新聞広告〔図6〕から引用されたとされる、彼女の特徴である波うつ髪の毛によって示されている(注3)。あくまで現実の形態に基づいていたフェルナンドの肖像に対し、ピカソはここで、恋人の姿を髪の毛という彼女を象徴する部分を用いた換喩的な記号によって示しているのだ。ところが、同じ時期にピカソは、エヴァと同じような髪を持ちながら、ヒゲを生やしパイプをくわえた男性の像も手がけている〔図7、8〕。また、《葡萄の帽子の女》は、作品を収蔵するポーラ美術館によって、2006年にX線を含めた光学調査が行なわれた(注4)。その結果、この作品がギターなどを配置した静物画からはじめられ、徐々にエヴァの肖像へと変化していったことが明らかになった。画面上の記号を切り替えることで、ギターから男性へ、あるいはさらに女性へと変化し、恋人の姿へとたどり着くゲームのような制作を楽しんでいるかのようだ(注5)。様々な筆触を織り交ぜた作品の表面は、こうした変化の跡を垣間見せている。同じ年の末に制作された《肘掛け椅子に座るシュミーズの女》は、残されたいくつかの準備素描が物語るように、エヴァの姿を描きながらも、準備素描の段階を経て幾何学的な形に置き換えられた裸婦像である。乳房や髪、脇毛など、部分的に表された身体や椅子の装飾によって、腕を上げた裸の女性が椅子に座っていることがわかるが、二重に表された乳房や、女性器の形に重ねられて描かれた顔など、性的な表現が過剰なまでに画面に満ちている。ここでも波うつ髪がエヴァであることを物語っているが、これらは恋人との信頼関係に基づいた実験的な方法だろう。リチャードソンは、自身が性器として表現されている様を見て、エヴァは嘆いたのではないかと憂慮している(注6)。こうした過激さは、この年の8月に移り住んだパリのシェルシェール通りの広いアトリエに、バルセロナの娼婦たちを描いた《アヴィニョンの娘たち》が架けられていたことも関係するかもしれない(注7)〔図10〕。ひとつの画面の中での変容と構築を重ねた痕跡を残す《葡萄の帽子の女》と異なり、この作品の表面は極めて平滑に仕上げられており、多くの準備素描を重ねた上で制作されていることがわかる(注8)。残された13枚の準備素描のうち、3枚にはうつむいたエヴァの表情が写実的に描かれているものの〔図11、12〕、最終段階に至るまでに彼女の特徴は消し去られ、身体は幾何学的な形へと解体していった〔図13-15〕。準備素描を経て制作された作品の大きさ、および平滑にならされた表面の仕上げ、そして初期段階に表わされていた人物の特徴が、徐々に隠されて象徴的なモティーフへと変化したことは、1909年の《テーブルの上のパンと果物皿》と多くの共通点を持つ。つまり、キュビスムの初期段階において展開された、「イコン化」のプ― 347 ―

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