鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
366/550

㉝ 18世紀フランスで制作されたミニアチュール作品とその制作者に対する評価の研究序研 究 者:武蔵野美術大学 非常勤講師  宮 崎   匠本稿で題材として取り上げるミニアチュール(miniature)とは、長径10センチメートル以下の小さなサイズの支持体の上に、水彩顔料を用いた点描技法により主に肖像画を描き、用途としては装身具や日用品に取り付けられることもあった絵画作品である〔図1〕。この種の作品は近世のヨーロッパでは相当の数が制作された。だが、より高い社会的・経済的・政治的価値が認められる大型作品が注目を集めた一方で、ミニアチュールの小型作品がヨーロッパ美術史学の研究対象となることはほとんどなかった。だが近年、美術史家たちの研究対象範囲が拡大した結果、ミニアチュールとその制作者は研究者の分析対象として積極的に取り上げられている。特に素材や技法、贈答品や日用品に設置する装飾品としての機能、制作者の画業、ミニアチュール画家の修行の内容などが分析の対象となっている(注1)。とりわけ史料が多く残る18世紀のミニアチュールに関しては、美術批評家がミニアチュール画家を低く評価していたことも明らかにされている。そしてその理由については、作品制作の専門家ではない美術愛好家にも描かれたことから、ミニアチュールの芸術的価値が、時として低く見積もられたためであると説明されている(注2)。だが一方で18世紀にはミニアチュールを専門とする画家が多数輩出され、数多くの作品を受注し高額の報酬を受け取っていた。そのため、当時の社会においてミニアチュールが高い重要性を有していたことは明らかであり、ミニアチュール画家に批評家が下した低い評価は、決して普遍的な性質のものではなかったということができる。そこで報告者は、ミニアチュール画家が低い評価の対象となった原因を明らかにするため、批評家による判断の基準および評価の方法を究明する研究を試みた。そして美術辞典、批評テキスト、作品注文記録などの文書史料の内容、ならびに同時代に制作されたミニアチュール作品の造形的特徴を精査した結果、とりわけ18世紀のフランスにおいて批評家たちは主題および技法の選択の点に関して、大型絵画作品との比較を通じてミニアチュールの作品と作者を批判する傾向を持っていたこと、さらにその批評家たちによる批判については、ミニアチュールの注文主や作品享受者たちにより下された評価と比較し相対化することでより適確にその意義を理解できることが判明した。本稿では以上の研究の成果を報告し、18世紀フランスのミニアチュール作品とその作者が受けた諸々の評価が持つ特徴的傾向と、その評価の内容を伝えるテキストが有する、啓蒙期絵画史の― 355 ―

元のページ  ../index.html#366

このブックを見る