描いた歴史画を最上位に置く傾向、すなわち17世紀にアンドレ・フェリビアンが定式化した(注7)大型作品のための絵画ジャンルの序列を重視する伝統的価値観が影響を強く及ぼしていることは間違いない。第2章 「点描」技法に対する批判と「エスプリの効いたタッチ」の賞賛前章で取り上げた主題に関する評価の中に認められた、大型作品とミニアチュールの造形傾向を対比する批評のレトリックは、技法に関する評価の中においても繰り返し用いられている。ミニアチュール作品の制作には、「点描」(pointillement)、すなわち筆先で微小な点を並置し面を形成する描画手法が使用された。この技法は様々な色彩の描点を無数に置くことによって、小さな画面上の特定の部分において、微妙に移り変わる色調のグラデーションの表現を可能とする。そのためにミニアチュール画家は、とりわけ顔や手といった繊細な色の変化を示す肌を表す部分に点描の技法を用いている〔図8〕。一方でこの特殊な描法を用いるミニアチュールは、制作のために「きわめて長い時間」を画家に要求し、またその仕事には「我慢強さ」(patience)が求められると、アントワーヌ=ジョゼフ・ペルネティは1756年に出版された美術辞典の中で記している(注8)。だが、ただ「我慢強さ」を要するだけのミニアチュール画家の仕事は、『百科全書』では「注意深さ」(soin)を必要としない点で低く評価されている(注9)。特に同じ形態の描点を画面のどの部分にも均一に並置する手法は非難され、そのような点描の手法を許容するドイツやイギリスの美術愛好家たちの趣味には、「極端なまでの仕上げ」を「ミニアチュールの真の美点として認識」していることを理由に、批判の矛先が向けられている。このような批判は、機械的に置かれた描点では、対象の質感の再現描写は不可能であるという主張に基づいている。たとえば「金属の鎧」、「木片」、「羊毛の生地」の質感は、それぞれ「特別なタッチ」で表現する必要性が認められている(注10)。そのようなタッチの例は、リオタールが描く黒い鎧の光沢が表現されているハイライトの部分に確認される。そこには肌の部分を描くのに用いられた細かい描点とは異なる、白い絵具を大胆に画面上に残す筆触が看取される〔図9〕。このような対象の質感の再現を可能にするタッチは大画面の作品でより頻繁に用いられており、18世紀フランスの美術辞典では「エスプリの効いたタッチ」(touche spirituelle)と称されている。そしてこの種のタッチが十分に用いられないことが、ミニアチュール作品の欠点であると指摘されていた。たとえばペルネティの美術辞典では、大型作品に認められる「エスプリの効いたタッチ」は「対象の性質を表現するた― 358 ―
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