鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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め、そして人物像に魂と生命を与えるための、堂々とした、大胆で、適切に置かれ、手並みの鮮やかさを伴う筆触」と定義され、その対極にある「冷たく活気のない筆捌き」の成果である、ミニアチュールに特有の「並外れて仕上げられた細工」は非難の対象となっている(注11)。一方で『体系百科全書』の「ミニアチュール」の項目の著者ピエール=シャルル・レヴェスクは、ミニアチュールが本質的に「ある種の冷たさ」を帯びる傾向を持つことを認め、「エスプリの効いたタッチ」の使用によりその「冷たさ」を払拭することを勧めている。この批評家によれば、ミニアチュール画家は「凝りすぎた様式で仕上げること」を注意して避けるべきで、「活力のある、正確でエスプリの効いたタッチ」により仕上げることで、描写対象に「活気を与え、命を吹き込む」必要がある(注12)。だがミニアチュールの画面に大胆なタッチで対象を描くことは、困難を伴う試みだった。それは、ミニアチュールの小さな支持体の上に適切にコントロールされた形態・サイズ・厚みを持つタッチを付置する仕上げの作業は、技術的に容易ではないためである。『百科全書』の「ミニアチュール」の項目の著者はこのことをよく認識しており、過度の仕上げを施した結果として作品が「無味乾燥」(sec)となることを避けるためにミニアチュール画家が大きなタッチを用いると、それにより今度はミニアチュールの「仕上げのメリット」が失われてしまうことがあると述べている(注13)。批評家たちは時としてこのようなミニアチュールに固有の物理的条件を認識していたと想定されるが、それでも多くの場合、大型絵画に用いられた「エスプリの効いたタッチ」による質感再現の描法がミニアチュール制作においても応用されることを望んでいた。この評価には、大画面の絵画作品の描法が絶対的価値を持っており、いかなるサイズの作品においても用いられるべきであるとする、批評家たちの主張を読み取ることができる。第3章 制作者に対する評価と社会における作品の需要これまでに見たように、フランスの批評家たちは大型作品との対比のレトリックを一貫して用いながら、主題と技法の選択に関してミニアチュール作品に論難すべき点を見出し、それを是正することを求めていた。そしてそのような評価の対象となったミニアチュールを専門的に制作していた画家たちの地位は、18世紀フランスの画壇では高いものとはならなかった。先行研究が示すように、まず王立絵画彫刻アカデミー入会に際して彼らは「ミニアチュール画家」ではなく「肖像画家」あるいは「版画家」の肩書のもとに迎えられ、そもそもミニアチュールを専門的に手がける画家が会員となった例も少数だった(注14)。そして当時のミニアチュール画家に対する評価― 359 ―

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