1.パンタナッサ修道院㉟ ビザンティン聖堂装飾における聖母の予型図像研究─パンタナッサ修道院階上廊東端の旧約預言者像考察─序研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 清 水 美 佐ビザンティン後期の聖堂には、装飾の一部に聖母を予型する旧約聖書の図像を描くものがある。旧約聖書の事象を用いて新約のできごとを語るタイポロジーによって、聖母マリアを介した神の受肉や処女懐胎を讃美する表現である。旧約聖書の物語場面において、特定のモティーフ上に聖母や聖母子の半身像を小さく描き込むもの、または旧約預言者の単身像において、預言者が聖母を予型するモティーフ(しばしば聖母などが描き込まれる)を携えたり聖母の予型に関わる文言を記した巻物を掲げるもの、これら2つの表現形式がある。筆者はこれまで物語場面形式で描かれる聖母の予型図像を中心に研究を進めてきたが、本稿では旧約預言者単身像形式の聖母の予型に焦点を当てる。2015年夏に実施したギリシア諸都市(テサロニキ、カストリア、ヴェリア、ミストラ)の聖堂調査の中から(注1)、ビザンティン末期の作例であるミストラのパナギア・パンタナッサ修道院の作例をとりあげ、聖堂内における旧約預言者の配置とその意味について考察を行なう。パナギア・パンタナッサ修道院は、ギリシアのスパルタ近郊、ミストラ遺跡の広がる山の中腹にある〔図1〕。遺跡内で唯一現在も活動の続く修道院であり、調査に訪れた際も高齢の修道女が僅かに暮らしていた。聖堂は、1428年にヨアンニス・フランゴプーロスによって創建されたものである(注2)。地階は三廊式バシリカの構造だが、側廊の上部とナルテクスの上部に相当する三方に階上廊がつき、さらに上部へギリシア十字式のドームやヴォールトを接続する建築である〔図2〕。同じミストラにあるオディギトリア聖堂(1310年頃、通称アフェンディコ)の構造に倣ったものであり、後述する装飾プログラムの上でも両聖堂は関連をもつ。パンタナッサの聖堂内部のフレスコは、中央ドームを除いてほとんどが良い状態で残されているが、地階部分は18世紀の描き直しであるため論から外し(注3)、階上廊より上の部分についてプログラムを概観する。― 379 ―
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