鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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1-1、金蓮寺本 ※各法量については〔表1〕を参照絵巻は、奥行39.5cm×横29.0cm×高さ45.8cmの5段組の外箱に収納されており、一つの引き出しにつき4巻ずつ納められている。金蓮寺奥書によると、「徳治第二之天初夏上旬之候 馳筆終功畢」とあることから、「遊行上人縁起絵」が徳治2年(1307)には成立していたことを示している。第10巻3段において、嘉元元年(1303)に相模国当麻において歳末別時念仏を行ったとあることから、祖本は他阿の事跡を追うようにかなり早い時期に制作に着手した作例といえるだろう。従来の研究では、金蓮寺本の実際の筆致や作風は奥書に言及される祖本から時代がくだり、現存する金蓮寺本は祖本そのものではなくおそらく転写本であろうと推定されている。宮次男氏は、添景を省略した明快な画面、橙色を多用するなど室町絵巻としての特徴を挙げているが(注3)、金蓮寺本全体を概観すると、制作時期には時代的に大きな振幅が看取でき、およそ14世紀末~室町時代にわたると推定される。ここでは絵の描写を中心に改めてその全容を見ていきたい。巻1※焼失による欠損あり〔図1〕人物描写を見てみると、一遍と律僧、その他の俗人・武士たちが巧みに描き分けられている。人物の顔貌は筆線が細かく緻密に描かれ、首筋や肘・膝の部位には朱が入れられ、陰影を表現している。装束は衣文線が掘り塗りしており、強装束のように均直な線で描かれている。岩や山の峻は側筆で掻いたような描線を用い、運筆に迷いがなく勢いがある。一方添景描写は、先学が指摘するように空間の視点は広く、緊直な構成となっている。すやり霞は上部にあり、枠線にはわずかに銀泥がひかれている。樹木もまた抑揚のある筆致で描かれており、また、太刀や槍の先には銀泥を用いている。冒頭の暴漢に襲われ太刀を奪って逃げる場面では、時間変化が左から右へとなっており、絵巻の時間軸と逆行しているのが特徴的である。このような場面転換は諸本においても珍しく、東博本などの数例のみ残っている。巻2巻全体を通じて、人物描写の巧拙の差が著しく、複数の描き手の存在が確認できる。例えば、第1紙では主要人物とその他の群衆を明確に描き分けている一方、第2紙は― 436 ―

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