人物ごとの描き分けがなされていない。下巻になると上巻には描かれなかった僧侶の阿弥衣に綱状の文様が描かれるなど、衣装の描写が丁寧になっている。添景描写を見てみると、すやり霞は上部のみで銀泥の縁取りはなく、簡略化されている。一方、杉戸や襖絵は緻密に描きこまれており、細部へのこだわりが感じられる。また塩釜・松島の景では、下絵、群青引きの上から風景を描きこんでおり、これらの景観描写は、4紙にわたって大きく紙幅を用いており、塩釜浦・円福寺・五大塔までの地形を無理のない構図でおさめている。後半になると、すやり霞は風景描写と同化して描き分けられなくなる。そして全体的に、下絵は巧妙に描かれているものの賦彩の稚拙さが目立つ。総じて紙継ごとに画風がまちまちで統一感がなく、本絵巻の工房制作における細かな分業体制を示唆することになるのではないだろうか。巻3〔図2〕添景描写：すやり霞の縁取りは銀泥で描かれている。「松崎天神縁起絵巻」に見られるような水干姿の男と牛の図様が典拠らしきモチーフも見受けられる。群衆のうち、青海波・方輪車・葦手風など多種多様な装束の文様が看取できる。また、時衆のなかでも一遍の阿弥衣のみ縄目文様が描かれ差別化されている。第10紙と第11紙を境に描き手が明らかに変わり、より平面的になるが、空間構成がうまく添景描写にも工夫がみられている。人物描写：施餓鬼のグループには、様々な疾患や障がいを持つ群衆が生々しく細部にわたって描きこまれている。継ぎ接ぎをした柿渋衣の非人層が多く描かれるなかに、僧尼、貴顕、俗人などが男女入り混じっている。貧困層や非人層への施餓鬼は他の祖師絵伝でも頻繁に用いられるモチーフだが、「一遍聖絵」および「遊行上人縁起絵」におけるそれらのモチーフの頻度は抜きんでている。ここでも詳細にわたって丁寧に描き分けられている様子から、本絵巻の教化的役割がうかがえる。特筆すべきは、市屋道場の場面で一遍が描かれておらず、珍しい図様といえるだろう。巻4※焼失による欠損あり添景描写：すやり霞に銀泥の縁取りはない。樹木表現が少し動的で筆致が速く、こなれている一方、蓮池は着彩にムラがあり技巧に差があることから、工房作による複数絵師の存在が想起される。三島社の景観では、浮島やイルカの群れなどの細部が描かれているが、一方で波濤や雲の描写はぎこちなさが残る。後半になると樹木の描写― 437 ―
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