ていただいた津田徹英氏により、金蓮寺別本と佛光寺本「親鸞伝絵」の人物の顔貌表現が比較的近しいことをご指摘いただいた。2、遊行上人縁起絵諸本との比較ここで、改めて金蓮寺本と諸本を比較してみよう。まず添景表現は、全体を通して、やや高めの視点からの俯瞰構図と余白とのバランスが整った空間で構成されているが、初期の説話絵巻のように動的ではなく、均直で整然とした印象を受ける。祖師の行状や事跡を顕彰する教条的絵巻の役割を有していることを鑑みると、絵に比して詞書が占める割合が圧倒的に多いため、説明的な場面描写となってしまうのは否めない。このような画面の構成は、同じ甲本（A本）系統の東博（田中氏旧蔵）本〔図6〕、金光寺本〔図7〕、清浄光寺（遊行寺）本などに通底しているといえるだろう（注5）。添景や人物のモチーフの配置を概観すると、祖本を同じくするなかで、個々の絵師による転写を経て、些少の描かれる事物や人物の増減といった差異として表れていると推定される。人物表現を見てみると、一遍や他阿といった時衆の祖である特別な存在を描くとき、とりわけ写実性を重視している。一遍〔図8〕の描写については、他本と同様、浅黒い肌に長頭、落ち窪んだ彫の深い眼窩に太い眉で描かれており、聖戒本「一遍聖絵」や「遊行上人縁起絵」諸本における人物造形を踏襲するものである。また、他阿〔図9〕は、顔面の右側が麻痺していたという史実に基づき、現存する中世における肖像彫刻や肖像画の特徴を捉えている。崇敬する祖師としての峻厳さを備え、個人の特徴をとらえた造形をこころがけており、他の人物描写とは一線を画している。このような写実的な人物描写がある一方、群衆表現は物語の核となる主要人物とは異なりいくつかパターン化して描かれている。そのなかで特徴を挙げるならば、豊頬に厚めの唇、高い鼻梁、ふくらはぎが強調され、等身のバランスが整った人物描写である。さっと上下のまぶたを描き分けて、目頭に黒目を点じている顔貌表現は、大和文華館本や「平治物語絵詞」の似絵的な人物描写に通じ、鎌倉時代絵巻の古様な表現を継承している。一方で、瞼を描かない黒目のみを点じ、ムの字型の鉤鼻に顔の輪郭が頭頂部から一筆書きでさっと描かれたようなこなれた人物描写も頻見される。装束の描線は抑揚を抑えてあるが、パターン化した文様と非常に緻密な文様が時折交互に散見される。― 440 ―
元のページ ../index.html#451