一度整理されたが、それ以後顧みられることなく、一部が没後50年の記念展に出陳された以外(注2)、平成の世まで眠っていたに等しい。その内容は写生以外に古今の絵画の縮模も含まれるので、むしろ写生縮図帖と称するべきだろう。むろんこれらが生涯の写生・縮図のすべてではないと想像されるが、生涯写生を重視した櫻谷の足跡をたどり得る貴重な資料群である。これまで泉屋博古館はこの帳面類の寄託を受け、櫻谷文庫と共同調査を進めてきた。具体的には、まず、無秩序に収納された帳面類を体裁ごとに分類し整理番号を与えたうえで、すべての帳面類のデジタル化をめざして平成24年から撮影を行ってきた。このたびの研究助成により全冊全頁の作業が完了、画像数は18,000点あまりに及ぶ。その上で帳面に記入された文字の翻刻を進めた。以下体裁ごとに資料の概要を報告する。1)和綴帖和紙を綴じた自家製のもので、大小2種に別れる。筆による墨画を基本に、時に若干の淡彩も交えて描く。小振りの和綴帖(以下小帖)は半紙を二つに折り長辺を袋綴じにしたもので、数冊のみ例外的に横長短辺綴じが含まれる。一方、大振りな和綴帖(以下大帖)は、美濃判を横長に用い短辺綴じにしたものが大半だが、人物の立像などは縦長に用いられ、また風景では縦長で長辺綴じも見られる。描写は大小とも片側一頁ごとの場合と見開きで連続して用いる場合とがあり、大帖では山水など見開きにもおさまりきらずさらに紙を貼り足して縦横に広げて描く場合もあった。小帖全243冊のほとんどには表紙に署名と年月、表題が記載される。とくに年月が8割以上に記され資料的価値が高い。内容は山水、花木、鳥獣、器物など伝統絵画の題材となりうるもの全般にわたる〔図1、2〕。図には時に地名や対象の品種、さらに細部観察や色彩の要点の文言が添えられる。一冊一分野を基本としながら、ときおり唐突に別のものが混入したり、字の試し書きやメモが脈絡なく現れ、いわば日々の練習帖、備忘録的な要素も強い。縮図帖や画譜写本が2割強含まれる点も大帖とは異なる。表紙には大半に「写生」「画叢」「縮模」などの表題が記され、さらに動物や花木の写生の場合には収録順に題材を記載しており、後の利用の便を図ったと思われる。さらに小帖の半数以上の129冊には表紙に「春」「夏」「秋」「冬」「雑」の文字と数字を組み合わせた朱書があり、これはある時点で櫻谷が季節ごとに分類、「春第一」「春第二」…と通し番号をつけて管理しやすいようにしたものだろう。現在それらに欠番があるのは、絵画制作など後のさまざまな利用のために紛失したためだろうか。大帖全105冊も表紙に署名、表題が記されるが、年月の記載は半数に止まる。内容の幅は小帖と同様、山水、花木、鳥獣、人物、器物などで、おおむね冊ごとにまとめ― 459 ―
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