鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
495/550

舟図・江頭月夜図》と内貴本は、互いに共通点が一番多い「琵琶湖型山水図」の作例と見なせる。3.モチーフと構図の再利用の意義展覧会図録の解説文などでは、「応挙が好んで○○を描いた」という言い方がしばしば見出される。しかし、応挙の個人的な「好み」が何であったにせよ、一連の作品に確認できる類似性はかえって応挙の制作過程を如実に物語っていると思われる。安永5年の《江州日野村落図屏風》の構図を11年後の天明7年の《四季山水図屏風》や《月夜浮舟図・江頭月夜図》に細部まで再現するためには、何らかの下絵、粉本が必要である。少なくとも安永後期、天明期以降に工房制作に主力を注いでいたとされる応挙にとって、粉本を活用する利点は明らかであったと思われる。応挙による粉本の利用が指摘されているように、下絵に基づいて同じ構図をもう一度使用すると、本画の制作に先立つ創造的なプロセスが大幅に簡略化され、さらに、本画の一部の制作を弟子に託することも可能になる(注6)。《江州日野村落図屏風》と同様に大和文華館蔵の《四季山水図屏風》は、応挙の下絵や粉本の使用をよく示している。屏風二双の中で先に述べたのは、秋季に当たる一隻であった。しかし二双のうち、春季と夏季に相当する一双は、また別の入札目録に確認できる源琦筆の《四季山水図屏風》と全く同じ構図になっている。源琦の屏風は、現時点において行方が分からないが、応挙の《四季山水図屏風》と同じ下絵や粉本を利用して描かれたことは確かであろう(注7)。尚、《四季山水図屏風》の冬季に当たる一隻も再利用されたモチーフであろう。主役の中央と左方の連峰は、ほとんど同じ形で大正期の入札目録に確認できる《雪景山水図屏風》〔図8〕と《韓愈雪行図屏風》〔図9〕にも登場する。《四季山水図屏風》の冬季の一隻、《韓愈雪行図屏風》と《雪景山水図屏風》では、ディテールの豊かさからいうと後者の《雪景山水図屏風》が一番徹底した作例のようにみえ、それに比べて他の2点は幾つかの細部を省略する。《四季山水図屏風》の場合、既に秋季の一隻についてその派生的な資質を指摘したが、冬季の一隻もそうであろう。《四季山水図屏風》は、上述の内貴本や《雪景山水図屏風》に比べると二次的な作品ではないかと考える。「琵琶湖型山水図」の応挙による下絵は遺っていないようであるが、旧帰雲院障壁画の別の部屋を飾っていた《海辺老松図》は、その下絵の一部が『円山派下絵集』に紹介されている。《海辺老松図》に関しては、特に松の形が注目される。少なくとも松の5本が相国寺蔵の《山中清遊図屏風》にもほとんど同じ形で再発見できるので、― 484 ―

元のページ  ../index.html#495

このブックを見る