⑥ 19世紀と20世紀におけるベラスケス絵画の受容の問題:マネ、ピカソをはじめとする近・現代の画家たちは、ベラスケス、あるいはそのバロック性のうちに何を見出したのかプッサンにも共通する主題を超越した日常性、卑俗性に、バロックの特性の一つを認めうるのではないか2.研究報告大髙氏の問題提起に応じる形で、6人の研究者による研究報告(各30分)が行われた。最初の4人の報告者からは、ベラスケスと同時代の画家たちとの影響関係、同時代性についての報告がなされた。宮下規久朗氏(神戸大学)は、ベラスケスの時代のスペインにおけるカラヴァッジェスキの展開を概観したのち、カラヴァッジョ研究者としての立場から、ベラスケス初期の「ボデゴン」はカラヴァッジョの自然主義的宗教画の影響を抜きには考えられないことを指摘した。さらに、完全にカラヴァッジェスキから離れたかに見えるベラスケスの円熟期の根底にもカラヴァッジョの記憶は残存しており、それは肖像画に見られる仮借ないリアリズムだけでなく、晩年の大作《ラス・メニーナス》を特徴づける光への鋭敏な感性にも認め得ることを論じた。中村俊春氏(京都大学)は、フェリペ4世の宮廷の「皇太子の間」を舞台とした《ラス・メニーナス》の背景に描き込まれた画中画(ルーベンスの《アラクネの寓意》の模写と、ルーベンスのボツェットに基づくヨルダーンスの《アポロンとパン》の模写)に基づき、この作品の新たな解釈を提示した。すなわち、これらの神話画が「皇太子の間」に飾られたのは、寓意的、演劇的要素に満ちたルーベンス芸術に対するフェリペ4世の熱狂に由来しており、ベラスケスは《ラス・メニーナス》を通して、そうした王のルーベンス熱を揶揄したのではないかとの解釈である。そこには無論、芸術的本質を異にするルーベンスへのベラスケスのライバル意識が働いており、ベラスケスは神々に挑むアラクネとパンのうちに、当代随一の画家に比肩することを自負する自らの姿を投影した可能性があるという、興味深い仮説である。一方、尾崎彰宏氏(東北大学)は、「ベラスケスとレンブラント─粗描きの『絵画論』と題された報告において、《ラス・メニーナス》と並ぶベラスケス晩年の代表作、《アラクネの寓話》に顕著に認められる粗い筆触と、レンブラント晩年の自画像の同様に粗い筆触を比較して論じ、両者の視覚的効果に相違はあるものの、その「粗描き」が単なる個人の表現様式に留まるものではなく、バロック美術の本質にかかわる問題― 524 ―
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