する。それは近年、智積院本系統の作例が次々と見出されていることからも考えられる。本稿では、最近拝見することの出来た宇和島本の考察の他、新たに富山県・善徳寺蔵の「一の谷・屋島合戦図屏風」(以下、善徳寺本)とアメリカ・メトロポリタン美術館蔵「一の谷・屋島合戦図屏風」(以下、メット本)を智積院本系統に加えることによって、この系統の特徴を再検討していきたい。1.智積院本系統の特徴についてまず、智積院本系統の特徴と先行研究を確認する。一見して分かる特徴は、一、〈老馬〉のエピソードが描かれていないこと。二、右隻に配される一の谷の邸が水平構図で描かれていること。三、左隻に〈大坂越〉の文の使者のエピソードが描かれていること。四、左隻の左下に浅瀬を渡る軍勢が描かれていることなどである(注2)。川本桂子氏は、この系統の特徴を“『平家物語』巻9、巻11に展開される合戦のエピソードを極めて忠実に描くこと”としている(注3)。田沢裕賀氏は、智積院本系統は共通した図様を有しながらも微妙な差異があることに着目し、“宇和島本、天真寺本、大英博物館本の順に智積院本の図様からの距離は隔たっている”と指摘された(注4)。つまり、この系統には何かしら先行する作例があり、それを祖本として部分的な改変が加えられていったのではないかと述べている。須賀隆章氏は、智積院本における図様の配置と構図について細かく分析され、“従来同系統とされてきた智積院本と、後続の天真寺本、大英博本とでは、描かれた各場面内部の人物造形や細部描写にとどまらぬ構想上の相違が認められる”とはっきりと述べている(注5)。このように智積院本系統の作例は、同系統に分類されながらも、図様などが完全に一致しているわけではないことは以前から指摘されてきた。しかしながら、それは主に、智積院本、天真寺本、大英本、宇和島本の中での考察結果であるため、比較範囲を広げた場合は改めて検討する必要があるだろう。2.智積院本系統作例の考察2-1.大英本と善徳寺本ここでは、大英本〔図1〕と善徳寺本〔図2〕〔図3〕を取り上げる。両作例が類似していることは既に指摘されているが(注6)、具体的には述べられていないのでここで比較考察したい。まず、大英本では右隻第1扇下部に、善徳寺本では右隻第2扇下部に描かれた〈河― 47 ―
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