⒜ 同時代芸術とプリミティヴ芸術との近似性の称揚─アポリネールによるマティス論1907年に発表されたアポリネールの論考は、対象をデフォルメし、簡略化するマティスの表現を擁護することを目的とされており、以下のようにその芸術の理解を促そうとしている。術理論書『線の倫理』(La morale des lignes)とマティスの芸術理論の近似性を指摘していく。「私は他人の影響を避けませんでした」とマティスは私に言った。(中略)すべての造形的記録つまり、神聖なエジプト人、洗練されたギリシャ人、肉感的なカンボジア人、古代ペルー人の制作物、アフリカ黒人を鼓舞した情熱にふさわしい釣り合いをとった彼らの肖像などは芸術家の関心を引き、彼の個性を伸ばすのに役立つことができる。(注16)この言葉と同様に、1908年末に発表された「画家のノート」の序文を執筆したジョルジュ・デヴァリエールもまた、洋の東西を問わずプリミティヴな芸術の「再発見」を基盤としてマティスが素描を実践していると指摘している(注17)。両者の指摘の狙いは、画家の簡略化された対象のフォルムの問題を、プリミティヴ芸術の造形研究の成果であると強調することで技術不足や野蛮さといった批判とは切り離そうとするものであった。一方、ゴルベールによるアンドレ・ルーヴェールに関する芸術論『線の倫理』においても、この二人と同様の説明を見て取ることができる〔図4〕。同書でゴルベールは、ゴーギャンと洞窟絵画を例に出しながら、簡略化されたフォルムで対象を構築する表現を「線的ヴィジョン」と名付けて紹介している。このヴィジョンとは、洗練化された文化における芸術家の意志によって達成されるものであり、ルーヴェールの線描にもこの「線的ヴィジョン」が現れていると解説を付けている。ルーヴェールの作品において、この側面が私の気を惹いた。彼が人物像を探究すればするほど、それは簡略化し、線は純粋化し、表現のあらゆる様式はますます曲線と角度に還元する。(注18)ゴーギャンの作品を引き合いに出しながら示されたプリミティヴ芸術と接近する― 71 ―
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