(1)古い写真(2)オルタの『覚え書』2.資料の問題美術作品を研究するためには、制作年の情報が欠かせない。しかし、オルタの椅子の制作年を知るのは簡単ではない。まず、オルタの椅子には制作年が記載されていない。彼は家具を単体で販売しておらず、住宅建築の一部として制作していたため、椅子自体のカタログや広告を出版していない。1939年と1946年に、建築家は請求書や見積書などの書類の大半を処分してしまい、わずかな家具のクロッキーとデッサンが残っているだけである。それらは、ウィタメール家とオルタ美術館のコレクションとなっている。ウィタメール家のコレクションは閲覧できない。オルタ美術館のコレクションは閲覧可能だが、資料の大半は作成年が記入されていない。それに対し、建物の大半は建設年がわかっている。建設許可をとる際、行政に日付を記した設計図を提出しなければならなかったからである。このため、多くの先行研究では、椅子の制作年として建物の建設年が記載されてきた。例えば、彼の椅子を複数所有しているオルセー美術館のカタログでは、《タッセル邸》のサロンの椅子の制作年は「1893年以降」と記されているが、この日付は邸宅の建設が開始された年をもとにしている(注3)。しかしオルタは、建物が完成した後に家具をデザインすることがあり、建設年は必ずしも椅子の制作年と一致しない。よって、椅子自体の制作年を明らかにする必要がある。先述した資料の不足の問題を解決するため、複数の資料を適宜照らし合わせて、制作年を特定しなければならない。主に参照するのは、以下の資料である。オルタ美術館とIRPA(王立芸術遺産研究所)には、建物の室内と家具を写した古い写真が保存されている。それらは、オルタの元で働いていた建築家ジャン・ドゥレが撮った写真や、撮影者不明のもの、当時の雑誌や本に掲載された写真である。ドゥレの写真は取り壊しや改築となったオルタの建築の記録を残すため、1940年代以降に撮影された。撮影者不明の写真の多くは、撮影日がわからない。よって、年代特定に役立つのは、当時の雑誌や本に掲載された写真のみである。毎年、オルタは手帳を使っていた。『覚え書』は、オルタが1894年から1906年の手帳に記した内容を、1941年に写した手書きのメモである(注4)。1894年の手帳はウィタメール家のコレクションで、閲覧できない。1895年と1898年の手帳はオルタ美術館― 101 ―― 101 ―
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