鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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ヴィオレ=ル=デュクの書籍の正式なタイトルは『フランス室内装飾の辞典─カロリング朝からルネサンスまで─』といい、6巻のうち1巻が家具に割かれている。本書が出版された1858年は、室内装飾品の改革運動の真只中であった。ヴィオレ=ル=デュクはまず、装飾芸術の量産品で質よりも豪華なデザインが重視されていることを指摘している。シンプルで質の良い製品を入手したければ特注しなければならない現状から、室内装飾の既製品のデザイン改革の必要性を訴える。次に、建築や室内装飾の細部までが調和した住まいの重要性を説いている。また、日常生活や時代に即した家具の生産が必要だとし、新しい様式を創造するべきだと訴えている。オルタはこの調和した生活空間のコンセプトに共感して自身で家具を設計することを決めた(注9)。1894年には《タッセル邸》で使用する家具を制作し始めた。さらに、ヴィオレ=ル=デュクの教えに従い、オルタは新しい様式を生み出すこととなる。以下では、オルタがこの調和した生活空間のコンセプトや様式をどのように発展させたのかを詳しくみていく。4.調和した空間のコンセプトとその形成過程オルタにとって調和した空間とは、どのようなものであったのだろうか。《オーベック邸》(1900-1904)の室内装飾はそれをよく示している。邸宅は1950年に取り壊されたものの、『現代建築の室内装飾』(1904年以降に刊行)に掲載された写真から、1階の大きな角部屋(建築家はこの部屋を「ギャラリー」と呼んだ)の室内装飾の様子が知られている〔図2〕(注10)。「ギャラリー」は玄関ホールとT字形の扉でつながっている。扉の隣には暖炉があり、その上にはT字形の鏡が設置されている。暖炉の前に置かれた椅子の背は、同じくT字形である。扉のような建具と家具にオルタは同じ形を繰り返し使って、建築と室内装飾に強い関連性を持たせている。すなわち、彼の住まいに関するコンセプトは、二つの段階を経てより深まっている。一つ目は建築家が自分の建築に合わせて家具を設計することである。二つ目は建築を構成するもの全てがデザイン上、細部まで一つにまとまった空間をつくり上げることである。他の建築家、例えば、同じく家具を設計したアンリ・ヴァン・ド・ヴェルドと比較すると、建築と室内装飾の間の調和のコンセプトはオルタの独自のものであることがわかる。ヴァン・ド・ヴェルドがワイマールに建てた《第一アパート》を例に上げてみよう。このアパートの書斎を1904年頃に撮影した写真が国立視覚芸術高等学校ラ・カンブル(ENSAV La Cambre)に保存されている(注11)。その写真を見ると、手前に机と椅子が写っている。奥には、両側に棚が組み込まれたソファーがある。机は直― 103 ―― 103 ―

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