鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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〈基礎情報の整理、収集〉1 調査の概要近年、中国では石刻関連の大部な全集が陸続と刊行されている。平城時代の石刻資料を幅広く収録した全集としては、『漢魏六朝碑刻校注』1-10冊が挙げられる。今回は特に第3冊と付録の総目提要を参照した(注1)。この総目提要に基づきつつ、筆者が拓本や全景写真などを確認し、来歴や現所在地などの周辺情報を入手し得た作例を絞り込んで作成したのが本稿末尾の〔平城時代石刻資料リスト〕である。その他、平城期の石刻資料を網羅的に研究した殷憲氏の成果(注2)や、個別の出土報告なども収集し、適宜リストに加えた。拓本については、webサイト「京都大学人文科学研究所所蔵石刻拓本資料」の画像も参照した。また、各資料を形状や内容から、石碑(地上に立てられたもの)/墓葬石刻(墓域、墓中にて発見されたもの)/造像記・造塔記に分類し、表中に記した。〈調査日程・調査地〉平城時代の石刻資料が多く残るのは、やはり都が置かれた山西省大同市近郊である。その他に山東省、河北省、河南省などにも点在する。今回は、特に重要な作例を優先し、下記の日程で調査を行なった。2016年8月10日~17日:大同市博物館(山西省大同市)、雲崗石窟、山西省霊丘覚山寺(山西省大同市より車で片道3時間ほど)、山西博物館(山西省太原市)、山西省芸術博物館(純陽宮内・山西省太原市)2017年4月1日~9日:洛陽博物館(河南省洛陽市)、龍門石窟、洛陽古墓博物館(河南省洛陽市)、西安碑林博物館(陝西省西安市)、西安博物院(陝西省西安市)、陜西歴史博物館(陝西省西安市)2 調査研究の成果紙幅の都合上、本稿では平城時代の石刻資料の特質をつかむために特に重要と思われる太武帝東巡碑〔図1〕(以下、東巡碑と略)と文成帝南巡碑〔図2〕(以下、南巡碑と略)を中心的に取り上げ詳論したい。石刻資料中、墓葬石刻や造像記などがごくプライベートな造形物であるのに対し、石碑は地上に立ち、衆人の目に触れる強い公共性を有する。よって、書き手も時代を代表する能書家が選ばれたことが想定され、書法史を検討する際には重要な資料となる。平城時代には6基の石碑が確認できるが、そのうち原石が残るのは司馬芳残碑(454以前)、中嶽崇高霊廟碑(456)、南巡碑(461)、暉福寺碑(488)の4基である。― 112 ―― 112 ―

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