鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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⑫ イメージ分析に基づく古代ケルトの貨幣図像資料の研究─スペイン出土作例を中心に─研 究 者:京都女子大学 非常勤講師  疋 田 隆 康はじめに本稿は、ケルトの貨幣に描かれた図像を分析することで、古代ケルト美術の特徴を明らかにすることを目標としている。古代のケルト人が残した美術としては、フィブラやトルクに代表される装身具や武具、神像などの金工品、石彫、貨幣などが挙げられる。これらのうち、貨幣は前2者に比べ、美術史で扱われることは少なく、また、古代ケルト文化の研究においても、貨幣研究は特に研究の手薄な分野の1つである(注1)。しかし、物量でいえば、貨幣は前2者をはるかに上回り、ケルト人が残した美術資料としては最も数の多いものである。そこで、従来注目されることが少なかった貨幣の図像に焦点を当てることで、古代ケルト美術を捉えなおしてみたい。ケルトの貨幣は、西はイベリア半島やブリテン諸島から、フランス、ドイツ、スイス、オーストリアなど、現在の西ヨーロッパ、中央ヨーロッパの広い地域で発見されているが、本稿ではこのうち特にスペイン出土の貨幣を取り上げる。従来のケルト美術研究において、イベリア半島の美術は、特殊なものとして忌避される傾向があった(注2)。本稿は敢えてスペイン出土の貨幣を扱うことで、大陸のケルト美術の中でのスペインのケルト美術の位置づけについても併せて考察することを試みたい。1、先行研究まずは先行研究をまとめることで、本稿での議論の理解の一助としたい。スペインの貨幣に関して、まず研究の基礎となる資料の集成としては、言語学者ウンターマンによる貨幣の銘文の集成がある(注3)が、ウンターマンの目的は、言語の研究であり、銘文が刻まれている貨幣に限られているため、図像研究のためには限定的にしか利用できない。その他には、ビーベスによる古代イベリア半島の貨幣の分類がある(注4)が、これはその後の研究の進展により、貨幣学者ビリャロンガの著作によって取って代わられている。ビリャロンガの著書『アウグストゥス以前のヒスパニア貨幣集成』(注5)は、ケルトイベリアの貨幣も含めてローマ時代以前の古代イベリア半島の貨幣を時代、地域、民族別に一覧にしたもので、スペインの貨幣の分類、年代特定の基礎資料となっている。ビーベスやビリャロンガの研究はスペイン出土の貨幣分類の指標とし― 122 ―― 122 ―

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