鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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て貴重なものであるが、ケルトの貨幣全てを網羅することを意図したものではなく、また図像の分析を行ったりしているわけでもない。ケルト以外の、ギリシアなどの貨幣に関してはカタログが出版されている(注6)が、ケルトイベリアの貨幣についてはまだそのような資料集は限られている(注7)。スペイン出土の貨幣に関する図像学的分析としては、ロリオによる貨幣の図像とスペイン出土の武具の比較から戦士の武装を論じた研究(注8)や後述するアルマグロ・ゴルベアの研究などがあるが、銘文など貨幣の他の側面に比べると、研究は少なく、大陸ケルト美術の中でのスペインのケルト美術の位置づけ、という点に関しても十分な検討は行われていない。ケルトイベリアの貨幣の中で、最も早くから製造され始めた貨幣の1つと推定されているのは、イベリア文字(注9)でアレコラタ(Arekorata)の銘が刻まれている貨幣である(注10)。アレコラタの銘のある貨幣は、イベリア半島の広い範囲に流通していたと考えられ、ケルトイベリアの領域だけでなく、西はポルトガルや南はアンダルシアでも発見されている。これは現存するケルトイベリアの貨幣の中では、最大の流通範囲であり、ケルトイベリアの貨幣の中でもその重要性は最も高いと考えられる。そこで、今回の調査ではアレコラタの銘のある貨幣を中心に、アレコラタ以外のケルトイベリアの代表的都市の貨幣を比較対象として選んだ。具体的には、マドリードの国立考古学博物館(以下MANと略)が所蔵するケルトイベリアの貨幣のうち、アレコラタの銘のある貨幣を中心に、セコビリケス(Sekobirikes)、コントレビア・ベル(Kontrebia Bel)、ルティアコス(Lutiakos)、メトゥアイヌム(Metuainum)の銘のある貨幣であり、総数は約460枚、内訳はアレコラタ321枚、セコビリケス106枚、コントレビア・ベル31枚、ルティアコス1枚、メトゥアイヌム3枚である。これらの貨幣の材質は銀あるいは青銅で、直径は2cm前後である。若干の例外はあるが、ほとんどは片面には男の顔が、もう片面には騎馬と銘が描かれている(注11) 〔図1〕。男の顔と騎馬を組み合わせたこのタイプの貨幣は、ケルトイベリアだけでなく、イベリア半島の他の地域からも出土しており、その起源は、紀元前3世紀のシラクサの王ヒエロン2世(在位紀元前269-215年)が発行した貨幣だとされている(注12)。アルマグロ・ゴルベアによると、このタイプの貨幣の図像の特徴は簡素で素朴な点であり、この点が古代スペインの文化と歴史について理解を深める鍵となるという。この男の顔はその土地の守護神、あるいは町の創設者などの英雄、騎馬は男の顔と同一人物、すなわち土地の守護神や英雄を表わしている。そして、これは社会文化的システムに統合されたヒスパニアの神話の特徴であり、エリート層― 123 ―― 123 ―

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