⑭パルマ大聖堂の天井画における観者の視覚経験─1520年代のコレッジョ絵画との関わりから─研 究 者:名古屋大学大学院 人文学研究科 特任助教 百合草 真理子はじめにイタリア・ルネサンスの画家アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ(c.1489-1534)の作品はこれまで、次世紀を先駆する革新的な表現により様式論的考察の中で取り上げられる傾向にあったが、近年の研究では祭壇画を中心に、そうした様式と、主題内容や作品の機能との緊密な結びつきに着目されつつある(注1)。しかしながら、先行研究では個々の絵画作品に光が当てられるに留まり、1520年以降コレッジョが最も精力を注いで追求していた建築空間と一体となった天井画の実態、さらに、並行して制作された祭壇画と天井画との関係については十分に明らかにされていない。特に、代表作パルマ大聖堂の天井画(c.1526-30)に関しては、画家自身の作品や他の芸術家からの造形語彙や手法の借用が指摘されるが、それらが新たなコンテクストにおいていかに主題の意味や聖堂装飾に求められた機能を考慮して援用されたか、当時の状況やコレッジョの画業全体を通観する展望のもとでの考察がなされていない。従って本稿では、彼の前作サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂(以下、S.G.E.聖堂)の天井画(1520-21)における取組みを視野に入れながら、どのようにコレッジョが、大聖堂天井画において絵画作品の造形語彙・手法・様式的差異を援用し、宗教建築に適した機能との相互関係の中で観者の視覚経験を成り立たせようとしたかという問題を検討する。1.問題の所在街の守護聖人である聖母マリアの被昇天を祝うために奉献されたパルマ大聖堂のドームには、無数の天使たちに伴われて天国へと昇っていく聖母マリアをキリストが出迎える、歓喜に満ちた輝かしい光景が展開する(注2)。同じパルマにあるS.G.E聖堂のドーム装飾を経験したコレッジョは、前作と同様、聖堂空間に立つ観者の視点を十分に考慮しながら画面を構成している。大聖堂に足を踏み入れる観者はまず二人の使徒に迎えられる〔図1〕。歩を進めると順に、楽器を奏でる天使たちの群れ、雲に乗って地上を離れていく聖母〔図2〕、そして、アダムとエヴァなど旧約聖書の人物たちに出会う〔図3〕。内陣では、それまで隠されていたキリストの姿が突然視界に現れる〔図4〕。― 141 ―― 141 ―
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