鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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このように観察点に応じて眺望を変える本作品に関し、本研究で目指す観者の視点を組み込んだ作品解釈は、リッコミニ(注3)やシアマン(注4)によって提案され、とくにスミス(注5)によって推し進められた。しかしスミスは、外陣から内陣への移動に伴って観者に与えられる個々の複数の眺望について、図像解釈学的観点からの考察を主眼とし、それに応じて変遷していく観者の動的な視覚体験、いわば、画家が各地点に立つ観者に与えようとした視覚的効果には十分に着目していない。こうした研究の現状を踏まえ、以下では、1520年代のコレッジョの芸術展開と関連づけながら、本作における彼の創意を考察したい。2.外陣における観者の視覚経験2-1.聖母マリアが隠される画面まず、天井画の一部が見え始める第4ベイからドームを眺めよう。この地点では、本作品の主役である聖母マリアの姿は隠され、見ることができるのは、ドームの底部に立つ使徒たちと欄干の上に座る天使たちのみである〔図1〕。天空を見上げる使徒は手をかざして眼を覆う一方〔図5〕、上空の出来事から顔を背ける他方の使徒は真っ直ぐに観者を見つめる〔図6〕。欄干に腰掛ける二人の天使は顔を寄せ合い、微笑みながら視線を投げかける〔図7〕。スミスが指摘する通り、彼らはその先に繰り広げられる光景を予期させる、物語展開の幕開けを告げる役割を果たしている(注6)。このように現実世界と絵画世界の境界に人物像を配し、彼らの表情、身振り、視線を用いて、観者を画中へと誘い込もうとする手法は、S.G.E聖堂の天井画〔図14〕に端緒を見出すことができ、デル・ボーノ家礼拝堂の対作品(c.1524-25)を経て、《聖セバスティアヌスの聖母》〔図18〕、《聖ヒエロニムスの聖母》(c.1527)、《羊飼いの礼拝》(c.1530)、《美徳の寓意》(c.1530)といった1520年代後半から30年代の祭壇画や対作品においてさらに進展させられる。S.G.E.聖堂やパルマ大聖堂では、現実空間に最も近いドームの基部に位置する使徒や天使たちが、上記作品の前景で聖母子を指し示す聖ジミニャーノ〔図18〕(注7)や降誕場面に立ち会う羊飼い(注8)と同様の役割を果たすとすれば、彼らは聖堂空間において、単に物語の導入部となるだけでなく、観者と画中世界とを連結する役割を担っていると言える。さらに留意したいのは、この地点からの観者の視覚がこれらの人物たちの視覚と一致する点である。絵画のように全てのモティーフが一度に示されず、天井画においてはそれらが空間的に提示されるため、ここでは観者が注目すべき対象はまだ隠され― 142 ―― 142 ―

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