これまでの調査から、個別建築作例の考古学的・文献史学的考察は豊富である一方、ゴシック建築史の中にピエモンテゴシック建築を位置付けるような考察は、トスコらによって近年着手されたと考える(注6)。このような先行研究の状況を踏まえ、本稿では、ピエモンテゴシック建築の聖堂西正面に見られる様式的特徴として特に顕著な、極めて鋭角のギーベルに焦点をあてて作例を収集し、考察する。極めて鋭角のギーベル自体は、ゴシック建築様式を特徴づける中心的な建築モティーフであり、アルプス以北では一般的に見られるものである。しかしイタリアでは、ゴシック様式によって建築された聖堂であっても、このモティーフを西正面に採用した作例は限られる。シエナ大聖堂やミラノ大聖堂西正面に並列する三つのギーベルは、より直角に近い。フィレンツェ大聖堂西正面に並列する三つのギーベルのうち、中央のギーベルは比較的鋭い角度を有しているが、頂部を断つことで、鋭角の持つ表現上の強い効果を和らげている。また南正面に極めて鋭角のギーベルが採用されているが、副次的な扱いとして、西正面に用いられた例とは区別して理解する必要があるだろう。オルヴィエート大聖堂西正面は、並列する三つのギーベルのうち、両端の二つのギーベル、さらに上部の屋根を装飾する左右のギーベルに、極めて鋭角のギーベルが認められる。ロンバルディア地方には、中央にただ一つの極めて鋭角のギーベルを持つミラノのサンタ・マリア・ディ・ブレラ聖堂西正面〔図1〕があったが、後世の修復によって失われた。一方ピエモンテ地方の作例には、極めて鋭角のギーベルが西正面に用いられることが多い。アルプス以北のゴシック建築の聖堂西正面には三つのギーベルが並列されることが一般的だが、ピエモンテのギーベルは西正面中央扉の上部にただ一つ配される例が殆どである。このギーベルの頂部は度々屋根にまで到達し、その角度はアルプス以北のギーベルに比較して鋭いことが多い。このため、ピエモンテのギーベルは、扉口上部の部分的な装飾モティーフという範疇を超え、西正面における最も中心的な建築モティーフとして扱われているのである。いかなる契機で、この独創的な建築モティーフがピエモンテのゴシック建築に出現したのか。極めて鋭角のギーベルは、どのようなヴァリエーションを生み出しながらピエモンテ地方に伝播していったのか。おおまかな制作年代に従って各聖堂西正面の記述を行うことで、ピエモンテゴシック建築の造形的特徴を浮き彫りにしたい。作例の収集にあたっては、できる限りの網羅的な調査を心掛けたが、本稿では文字数の関係から一部を取り上げる(注7)。― 163 ―― 163 ―
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