鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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⑰李亨禄筆《冊架図》の特殊性について─遠近法・陰影法を中心に─序研 究 者:同志社大学大学院 文学研究科 博士後期課程  朴   美 蓮朝鮮には冊架図(チェッカド)〔図1〕と呼ばれる絵画ジャンルがある。書籍、文房具、陶磁器、花、果物などの文人の周辺にあるような器物で満載した棚を西洋の線遠近法と陰影法を用いてだまし絵風に描いた屏風である。朝鮮に西洋画法が清を経由して本格的に受容されるようになる18世紀末頃から制作されたようで、管見の限り45点が現存する(注1)。これらのほとんどは匿名で制作されており、制作者が明らかであるわずかな冊架図の中で、宮廷画員・李亨禄(1808-1873?)の手によるものは6点も伝わる。記録には「精妙さと迫真性」があると高く評価されている(注2)。冊架図に関する研究は、李亨禄の冊架図〔図1〕についてのもので、ケイ・ブラックとエドワード・ワーグナーの共同研究(1993年)がもっとも先駆的なものである⒜(注3)。彼らは、李亨禄の冊架図が、一点消失点をもつ線遠近法を用いることによる棚の歪曲を防ぐため、複数の消失点を配置し、特に棚の中段にできる消失点を一定の高さに揃えて、いわゆる「消失線」を形成すること〔図2〕で、だまし絵効果を得ることに成功したと指摘した。その上で、李亨禄の冊架図は、西洋の線遠近法を最も忠実に反映した最初の朝鮮絵画であると位置付けた。この研究に対して、李成美(2000年)は、棚の最上段と最下段から形成される消失点を分析対象にしないことに矛盾があると批判した⒝。その上で、李亨禄の冊架図が迫真的に見えるのは遠近法が要因であるというより、明暗表現が従来の絵画より巧みであることが原因であると指摘した。以上の研究を踏まえて、朴沁恩(2001年)は、李亨禄の冊架図の迫真性の要因は、ブラックとワーグナーがいう「消失線」のみならず、棚の最上段と最下段から形成される消失点が屏風の中央に集まる、いわゆる「消失軸」を形成することにもよると説明した⒞。一方、鄭炳模(2012年)は、現存最古作である宮廷画員・張漢宗(1768-1815?)の冊架図と比較し、明部から暗部へ滑らかに移り変わる彩色方法や輪郭線を描かない表現、精密な細部の描写によって、李亨禄の冊架図が張漢宗のものより立体的で精妙に見えると指摘した⒢。以上の研究は、李亨禄の冊架図が「精妙さと迫真性」を備えている理由について分析したものであるが、李亨禄の作品だけを分析したり、限られた作品とだけ比較したりしたため、必ずしも李亨禄の作品の特殊性を必要かつ十分に見極めているようには思われない。― 173 ―― 173 ―

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