以上のように、冊架図はすべて、モチーフの種類の面からみると、基本的に実物の棚を描くことを試みたようで、李亨禄の冊架図に固有のモチーフがあるわけではない。第4章 遠近法冊架図の遠近法に関する研究は、もっぱら李亨禄の冊架図を対象としたもので、従来五つの点が指摘されている。❶本棚の全体に、西洋の線遠近法が疑似的に用いられているが、本や硯などの器物の多くには、平行遠近法が用いられている⒜。❷本棚に用いられた線遠近法は、複数の消失点をもっている⒜~⒣。❸中段の棚にできる複数の消失点は、「消失線」とも呼ぶべき「流れ(flow)」を形成し〔図2〕、観者の目の高さを想定している⒜⒞。その根拠は、明確に述べられているわけではないが、「消失線」の高さを基準にして、その線より上にある器物は、見上げたように器物(脚などが付いているもの)の底面を描いたり、見えないところは省略して描かなかったりしながら、その消失線より下にある器物は、見下ろしたように器物の上の面が見えるように描いているからであろう。❹棚の最上段と最下段の奥に向かう線の消失点が中央に集まって「消失軸」を形成し、観者の目の位置を画面の中央に設定する〔図3〕⒞(注7)。❺作品③は消失線と消失軸によって形成される消失圏が小さく、線遠近法を適応した透視図にもっとも近い⒜⒞。❻李亨禄の冊架図は時代が下がるにつれて、消失圏が広くなる⒜⒞。以上は、李亨禄の冊架図が立体的に見える特徴として、言及されたものであるが、❶~❹は、作品⑮⑯㉚㉛と㊶~㊺を除く他の冊架図にも共通して表れる特徴である。ただし、❸は、十分ではない。〔表1〕の消失線の「幅(%)」に示した数値は、本棚の左右両端の側板の消失点を結ぶ線分(図2の線分AB)が画面の横幅に占める割合を示したものである。この数値が大きければ大きいほど、透視図から遠く、少なければ少ないほど透視図に近いことになる。とはいえ、この点で李亨禄の冊架図になにか特徴があるわけではない。❹も十分ではない。〔表1〕の消失軸の「幅(%)」に示した数値は、本棚の天井面の消失点と底面の消失点を結ぶ線分(図3の線分CD)が画面の縦幅に占める割合を示したものである。この数値が大きければ大きいほど、透視図から遠く、少なければ少ないほど透視図に近いことになる。中には100を超える数値があるが、このことは、消失軸が甚だ長く、画面外に形成されることを意味する。〔表1〕で確認できるように、消失軸が画面内に分布しかつ一直線であるものは7点しかなく、李亨禄の作品は、作品③と⑥を除いてすべてその中に含まれる。作品③が例外であるのは、2扇分が失われていることからである。また、作品⑥については、李亨― 177 ―― 177 ―
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