鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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注⑴ 冊架図に関する文献上の初見は『内閣日暦』1784年12月20日条である。『内閣日暦』については、次を参照。http://kyujanggak.snu.ac.kr/home/index.do?idx=06&siteCd=KYU&topMenuId=206&targetId=379 (2017年5月13日閲覧)⒣ 朴本洙「朝鮮後期宮廷チェッコリ研究」韓国民画学会編『韓国民画』第三号、2012年、20えたアルファベットで表記することにする。⒜ Kay E. Black and Edward W. Wagner, “Chʼaekkŏri Painting: A Korean Jigsaw Puzzle,”Archives of 2004年、169~237頁「朝鮮後期冊巨里 器物研究」弘益大学修士論文、2006年~54頁に並べているかのように描くタイプや、積み重ねて構造物のように描くタイプがある。なる。」京畿道博物館編『冊巨里特別展─朝鮮 ⑵ 劉在建/趙煕龍『里郷見聞録/壺山外記』亜細亜文化社、1974年、411頁⑶ 冊架図に関する主要な先行研究は次のようである。以下冊架図に関する出典は、先行研究に与Asian Art, vol.46, 1993, pp.63-75.⒝ 李成美『朝鮮時代 ⒞ 朴沁恩「朝鮮時代 冊架図 起源研究」韓国精神文化研究院韓国学大学院修士論文、2001年⒟ 李仁淑「冊架画/冊巨里 制作層 受容層」実践民俗学会編『実践民俗学研究』第6号、⒠ ⒡ 京畿道博物館編『冊巨里特別展─朝鮮 ⒢ 鄭炳模「冊巨里 歴史、斎 現代人の書斎 』2012年、172~189頁⑷ 法量については、本紙の法量と屏風全体の法量を正確に把握している美術館が必ずしも多くないため、どちらの法量であるかが不明確である場合は、「?」を付けた。また、すべての冊架図の技法は著色である。なお、モチーフの分析において、「○」の付け方の基準にはモチーフの種類だけではなく、シルエットや細部表現、色合いなども含まれる。また、遠近法の分析において、並行遠近法を用いる冊架図と遠近法を用いない冊架図は、消失線と消失軸を形成しないため「無」と表記し、各扇が独立した枠をもつ形式である冊架図は確認できないため「─」を付けた。消失線と消失軸の幅は、図版から比率を求めた。陰影法の分析は、書籍を除いた器物を対象にした。⑸ 冊巨里とは、冊架図を含む絵画ジャンルで、中には、冊架図に描かれる器物を棚ではなく、床⑹ 冊架図に描かれるモチーフの意味については、⒡と⒢を参照。⑺ このような遠近法を、エルヴィン・パノフスキー『象徴型式としての遠近法』(木田元監訳、ちくま学芸文庫、2009年、25~29頁)は、「消失軸遠近法」と命名している。また、小山清男「〈魚の骨〉的構成─ドゥッチオの絵画空間について」(『図学研究』 第22巻3号、日本図学会、1988年、17~23頁)によると、消失軸遠近法は、ルネサンス期の視点の位置を認識し始める初期段階に用いられたと指摘している。⑻ ⑥は、遠近法と陰影法のみならず、細部描写、落款の書体においても他の李亨禄の冊架図と異⑼ 明暗表現において〔図7〕のように、蓋は①類、胴体は③類である場合、③類に分類した。つまり、一つの器物の中にいくつのタイプが混在している場合、③類②類①類の優先順位で分類を行った。 西洋画法』笑臥堂、2000年 ― 180 ―― 180 ― 書斎 現代人の書斎 』2012年 書

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