なった可能性が指摘されている。1621年頃、ヘリット・ファン・ホントホルスト(1592-1656)が同主題を描き〔図5〕、以後北方を中心に流行する(注2)。ホントホルストは、カラヴァッジョの明暗表現からインスピレーションを得て、画面の中に光源を描くようになり「夜のゲラルド(Gherardo delle Notti)」と称されローマで評価を得ていた。当主題においてもホントホルストの作品は、この主題を普及させるきっかけとなった基準的作品であると考えられる。実際、ホントホルストの作品に見られる細部描写は、他の画家の作品においてもしばしば踏襲されている。ホントホルストをはじめ1620年代に描かれた作品では、剣を携えた血気盛んな兵士が登場する。カラヴァジェスキたちは特定の主題を反復しながらも、各自の個性にふさわしい要素を選択することで豊かなヴァリエーションを生んだが、この主題においてもそれは同様である。当主題に、当時一般化しつつあった喫煙という行為を適用したのはヘンドリク・テル・ブリュッヘン(1588-1629)であり〔図6〕、それは、ラ・トゥールの本作にも受け継がれている。テル・ブリュッヘンの作品は、対作品《ワイングラスを持つ少年》(ローリー、ノースカロライナ美術館、1623年)と関係づけた結果、喫煙と飲酒がもたらす害悪を描いているという解釈や、人間の四気質のうちのひとつ「胆汁質」を表すという指摘があるが(注3)、エル・グレコ以来の光と闇の描写に対する絵画的関心が通底していることに異論は出されていない。ここでもホントホルストと同様に緋色のマントと剣が登場する。ホントホルストの弟子であったカラヴァジェスキ、マティアス・ストーム(1600年頃-1652年以降)も、同様の主題を残しているが(ベルガモ、アカデミア・カラーラ美術館)、大きな縁のある帽子を被った、兵士の姿を踏襲している。帽子につけられ羽飾りが、炎から生じる風と熱で舞い上がる様子が描かれている。カラヴァッジョの登場をきっかけに、光が画面にもたらす効果への関心が高まり、画面に光源を描く様式へと発展した。それ以前にも夜の情景を描いた作品は存在するが、カラヴァッジョの前と後の夜景画では、照明器具や光に関する表現への拘泥が明らかに異なる。グレコによる作品では少年の上半身全体が明るい光に照らされており、人物を見せることに重点が置かれているようである。ホントホルスト以後の作品では明暗表現が発達し、炎や光の表現がより精緻になる。古代以来、光の効果を追及する画家たちの関心を集め描かれた「炎に息を吹きかける人物」という主題が、カラヴァッジスムと接触したことで、流行し発展したのである。このテーマが、カラヴァッジスムが終息した17世紀後半においても、一部のオランダの画家により受け継がれた― 198 ―― 198 ―
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