鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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記された錦絵が挿入されている。おそらく、シリーズ終了後に制作されたものであり、『日本万歳』は上巻、『社会幻燈』は下巻であると記されている。文章は骨皮道人、絵は清親が担当した。この骨皮道人とは、明治期の小説家・西森武城(1861~1913)のことで、西森は、時局や風俗を風刺した小説を得意とし、川柳や狂詩も手掛けている。また、清親が『団団珍聞』の挿絵を描いていた頃、西森もまた、同誌に寄稿していたようである(注4)。構成としては、上部に西森の文章が入り、下部には清親の諷刺画が配されている。画の描写は、全体的に太い線によってモチーフが表現され、緻密な線によって描かれた過去の清親の諷刺画とは大きく異なる。そして、彩色については、色のバリエーションは少なく、単色ではっきりとした色づかいがなされている。本章では、描かれたモチーフ及び、それらの表現についてみていくとともに、これまでに清親が描いてきた諷刺画、とりわけ最も諷刺画活動に力を入れていた『団団珍聞』に寄せた漫画と比較することで、『日本万歳』における諷刺画的特徴について分析する。2-1 描かれたモチーフについて『日本万歳』シリーズにおいて共通して描かれているのは、清国の兵士であり、作品によっては、人ではなく、豚などの動物や人形などに見立てて描写されている。例えば《北京の摘草》〔図1〕をみてみると、清国兵は土筆や蕨として表現され、かたわらにはそれらを摘む日本兵の姿が描かれている。他にも、《豚の当惑》〔図2〕では、満州族の民族衣装である旗袍を身に着けた豚に、洋装のトンボが銃を向け、背中にそれぞれ「英」「仏」「露」と記された蜂が豚の周囲を飛び回っている様子が描かれている。豚が清国であることはいうまでもなく、洋装のトンボは日本、蜂はイギリス、フランス、ロシアを表現している。文章から、日本、イギリス、フランス、ロシアに攻め立てられ、命乞いをする清国という構図のようで、戦争後における清国と日本、清国を分割し領土とした列強との関係について諷刺したものであろう。清国を豚に見立て描くことは、戦時中より、戦争錦絵をはじめ、新聞や雑誌などにおいてもたびたび見られる表現である。このような動物的表現技法は、海外漫画雑誌である『パック』や『パンチ』にもみられ、構図等の類似から、清親がその影響を受けていると指摘されている(注5)。また、描かれている清国兵の大半は名も無き人物たちであるが、その中で、はっきりと名前が明記されている者もいる。それが、直隷総督蒹北洋通所大臣の李鴻章(1823~1901)と北洋艦隊提督の丁汝昌(1836~1895)である。丁汝昌は《漢兵の切腹》の1点にて描かれているのみだが、李鴻章は8点の錦絵に登場して― 207 ―― 207 ―

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