鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
256/507

㉔ 「遺影」に見る死者表象の研究─岩手県下の供養絵額を中心に─「絵馬」という視角─小絵馬と大絵馬研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  三 宅 翔 士はじめに本研究では、岩手県遠野・花巻市周辺の寺院に奉納された供養絵額を中心に、死者をめぐる視覚文化の位相を考察する。民俗学者の柳田國男は、これらの絵画について次のように書き留めている。「私は東北の大津波(筆者註:明治27年(1896)の明治三陸地震)から二十五年の後に、其惨害の最も甚だしかつた上閉伊の或る村に行つて、村の寺の本堂に掲げられて居る数多くの掛額を見た。絵馬とは別のものと見られて居るが、此絵の中には親子夫婦、明るい室に坐して茶を飲んだり、仲睦まじく顔を見合せて居る図が多く、それがすべて皆この災厄にあつて死に別れ、生き残つた人々の上げたものであつた。」(注1)ここで柳田は供養絵額を「絵馬とは別のものと見られて居る」とするが、その根拠は示されていない。これまで、供養絵額は主に民俗学の視点から考察がなされて来たが(注2)、本論では、絵馬と近世・近代における死者の肖像表現の展開を順に取り上げつつ、供養絵額が「美術」の範疇で語り得る可能性について考察する。絵馬は第一に、祈願者の意思を絵という具体的な意志伝達手段を通じて神仏に示し、祈願成就・報謝を期待して社寺堂に掲げる奉納物である。そしてまた、病気や災害、盗難から逃れるために民家の玄関や馬屋の入り口に掲示されるなど、護符のような呪術的な役割も果たした。どちらも信仰・心意に関わるもので民俗学の考察対象であるが、本稿では供養絵額を前者の奉納物であると捉え、さらにその性質や形状から小さな吊るし掛け式の小絵馬と扁額形式の大絵馬に分類し、美術品としての側面を明らかにする。小絵馬は家内安全、五穀豊穣、商売繁盛、縁結び、病気平癒など、絵馬を奉納する対象である神仏の霊験によって奉納の目的が決められるため、その図柄も自ずとある程度の類型化がなされる。しかしそこには常に、祈願者が神仏とどのようにコミュニケーションを取るのかという工夫が込められている。これに対し、大絵馬は祈願・報謝の内容や、自らの意思と行為を公然と大衆の面前に示すことが多く、中には自らの難事、事業を成し遂げた記念に奉納したものさえ見― 246 ―― 246 ―

元のページ  ../index.html#256

このブックを見る