㉖ 室町時代における花鳥画制作と写生の機能について─初期狩野派「鳥類図巻」(京都国立博物館)を中心に─「鳥類図巻」概要研 究 者:京都文化博物館 学芸員 森 道 彦研究の目的「鳥類図巻」(京都国立博物館)は、かつて武田恒夫氏の紹介により存在を知られるようになった作例である(注1)。150羽以上の鳥を中心に若干の草木虫獣も含んだ全長6m弱の図巻で、筆致や図像の多くが室町~桃山時代初頭の狩野派による花鳥画作例と共通点が多いことから、当代の狩野派作と考えられている。図巻の3ヶ所に天文9年(1540)、同11年、天正4年(1576)の年紀があり、それは狩野元信・松栄が工房を主催した時期にあたる。また鳥には種名や部位、彩色等に関わる多くの注があり、特に一部には「写生」等の語が含まれ、当時狩野派の花鳥画制作においてモチーフの観察と写生が行われていたことを明らかにする。花鳥の観察と写生は江戸時代前期以来、狩野探幽をはじめとする専門画人、さらには様々な職能を持つ人々を巻き込みつつ、自然科学に関する知的・政治経済的関心と相まって絵画史上に重要な展開をもたらしたことが知られるが、この図巻はそれを遡る室町~桃山時代における花鳥表現と写生の具体的な接点を伝える孤本である。「鳥類図巻」は花鳥(特に鳥)に関する網羅的な図像集で、実物観察を含めた当時の花鳥情報を如実に伝える点、初期狩野派の花鳥画、ひいては広く中近世の花鳥画制作に関する希有な基本資料の一つと評価できる。ただし紹介され30年以上を経た今も、図巻が語る中世後期の花鳥表現を深く探る試みは途上にある。ここではかつての武田氏の報告に添いつつ、図巻に含まれる花鳥情報を改めて検証し、当時の狩野派における花鳥画制作の方法論と実情の一端を考察していきたい。また特に図巻で行われる鳥の同定や観察・写生の営みを、鳥獣の分類と学習に関する中世以来の歴史的文脈とも比較しつつ位置づけていくことを目指す。法量、遺存状況や注の翻刻といった図巻の基礎情報については既に武田氏が簡要を示しており、詳細はそちらを参照頂きたい。ただし図巻が語る情報を正確に把握するため、以下にいくつかの基本内容と調査時の所見を示しておく。16紙からなる「鳥類図巻」は現在1巻にまとめられているが、複数の年紀が含まれ、かつ紙継を挟んで図像の途切れや作風・紙質の異なる箇所がある。武田氏の所見― 267 ―― 267 ―
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