マガモ (C): 尾羽裏側の色味、部位(腿-腹-胸)に応じた毛生えの変化の有無の確認、頭頂から頸にかけての色味、羽先の色全般について特に注記する。(A)は趾の長短比率の補正、(C)は部位に応じた羽毛の生え方や質感、羽を畳んだ際に表に現れる羽先の色味、生気表現と関わる瞳などに興味を抱いたことが窺われる。このような観察・写生情報は、実際の絵画制作に役立ち得たのか。まず詳しく注記される羽毛の部位ごとの違い、質感や色味は(A)全般に示される要素で、実際に初期狩野派による本画には毛並の描き分けにこだわった表現が多くある〔図13〕。オシドリ(C)〔図3〕では頬から頸をガサガサと覆う大ぶりで長い羽毛を写し、部分図と注も加えるが、現存する本画にはこの大きな羽毛の質感を表すものと表さないものが混在する。またカケス(A)〔図1〕は伝狩野雅楽助「四季花鳥図屏風」(ボストン美術館)、同「松に麝香猫図屏風」(ボストン美術館)に例がある〔図14、15〕。図巻および前者と比べ、後者では翼の基部にあるべき雨覆羽の青と黒のだんだら模様が描かれない。またいずれの屏風も趾表現では、細長く鋭く曲がり爬虫類を思わせる趾の鉤爪が矮小化し、鋭さが失われるといった違いが生じている。小禽のうちスズメ目等に広く見られる鋭く曲がる鉤爪はカケスの他モズ(C)にも現れる要素だが〔図16、17〕、主に明代花鳥画に倣ったと思しい16世紀前半の狩野派作例において小禽の趾は全体に小さめで、指も爪も直線的に表されることが多い。趾表皮の鱗は簡略で柔和に表されることが多く〔図18〕、その形態感覚は爪が小さく先が丸みを帯びたキンケイやツルなどの趾とも似る〔図19〕。同様の趾は「鳥類図巻」の写生以外の図にもみられ、趾表現は種を超えて画一化されやすい傾向にあると言えよう。一方、16世紀中葉の狩野永徳「花鳥図押絵貼屏風」〔図20〕の小禽の趾には、いずれも細長く鋭い鉤爪が描かれる。この屏風の鳥について狩野博幸氏は模様や体色表現の誤りを多く明らかにするが(注8)、小禽一般の部位の形態感覚などは実物の鳥の観察を通じて修正された可能性がある。狩野派が収集した大量の図像は精粗様々で、写生はこの状況に難を感じた画人による実物検証の一環であったのだろう。その過程で羽毛や部位表現が修正されたことも想像され、特に描写頻度の高いオシドリとマガモの知見は大いに役立ったかもしれない。ただし小禽のモズとカケスはあまり描かれない鳥で、かつ目立つ模様や色味など種固有の特徴に関わる注が殆どない。現状、多くの粉本に混じって種としての両鳥を観察し写すことにいかなる意味があったかは不明で、あるいは両図は小禽全般に生気― 273 ―― 273 ―
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