鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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していた可能性を指摘する(注11)。ゲラルドは、弟モンテと共にロレンツォやハンガリー王マーチャーシュ1世からの注文を受けるなど、当時大変高い評価を得ていた彩飾写本家であり画家であった(注12)。《愛と貞節の戦い》では、愛の擬人像が放った矢が貞節の擬人像の持つ楯に当たり、折れて地面に落ちている。その楯〔図12〕には、先に見た剛毅の擬人像とミネルヴァが身に着ける胸飾りに似た四角錐の宝石、すなわちダイヤモンドが中央に配されている。続く《貞節の凱旋》〔図13〕では、勝利した貞節の擬人像が先ほどの楯〔図14〕を持って玉座に座し、純潔を象徴する一角獣が引く凱旋車に乗り、捕らえた愛の擬人像を連れて行進する。貞節の擬人像が乗る凱旋車にも、楯にも四角錐の宝石として表されたダイヤモンドが飾られている。ペトラルカは「愛と貞節の戦い」についての箇所で、貞節の擬人像が持つ楯には「美しい碧玉の一本の円柱が見えた(注13)」と記している。文学典拠に忠実であるならば、ゲラルドの貞節の擬人像が持つ楯には碧玉が描かれてしかるべきだが、碧玉は多結晶質の鉱物であり、四角錐で表わされるとは思い難い。また、碧玉が円柱であるというペトラルカの言及にも一致していない。したがって、ゲラルドが描いた貞節の擬人像が持つ楯は『凱旋』の記述をそのまま視覚化したものではないことが分かる。1-3 バッチョ・バルディーニ作(?)《天球を持つ青年と少女》金細工師であり版画家であったバッチョ・バルディーニに帰される《天球を持つ青年と少女》〔図15〕は、後の所有者の名にちなんでオットー・プリントと称される版画の一枚であり、1465年から1480年頃に制作された(注14)。当時恋人たちの間で男性が女性に贈るのが常であった小箱の蓋装飾として用いられ、中央は注文主の紋章を収めるために空白にされている。ここには天球とロレンツォのモットー「Amor vuol fe e dove fe none Amor non puo(愛は忠誠を求め、忠誠なきとき愛は叶わじ)(注15)」が記された巻紙を持ち向かい合う若い男女が表わされている。ロレンツォのモットーに加え男性の衣装にメディチ家を表わすダイヤモンドの指輪の標章があしらわれていることから、男女はロレンツォと彼の若き日の恋人のルクレツィア・ドナーティであるとされる。また、このモットーから明らかなとおりこの作品の主題は男女の忠誠であるが、デンプシーはロレンツォの衣装にあしらわれたダイヤモンドの指輪も彼のルクレツィアに対する愛の忠誠を意味すると指摘している(注16)。女性はボッティチェッリが描いたミネルヴァのものに似たダイヤモンドの髪留め〔図16〕を身に着けている。― 295 ―― 295 ―

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