鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
306/507

1-4 ロレンツォ・ディ・クレディ作《若い女性の肖像》アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房で学んだロレンツォ・ディ・クレディによって1490-1500年頃に制作された《若い女性の肖像》〔図17〕は(注17)、寡婦と思しき暗色の衣装を纏った女性は四角錐の宝石として表わされたダイヤモンドがついた首飾り〔図18〕をつけ、左手に装飾のない指輪を持っている。彼女の背景にはセイヨウネズの樹が確認される。本作はメディチ家と同盟関係にあったプッチ家に由来すると考えられており(注18)、裏面にGINEVERA DE AM ... BENCIと記されていることから、以前はレオナルド・ダ・ヴィンチも肖像を描いたフィレンツェの名家出身であるジネーヴラ・デ・ベンチだと考えられていたが(注19)、この記載の年代が明らかでないため像主の特定には至っていない。一方、ロレンツォ・ディ・クレディの相続人の娘ジネーヴラ・ディ・ジョヴァンニ・ニッコロの可能性も指摘されている(注20)。エドワーズは当時フィレンツェでは夫を失った女性が生涯独身を貫くことが多かったことから、本作の主題を女性の貞節であると述べ、常緑樹であるセイヨウネズと手に持った指輪は貞節と永遠を象徴すると指摘している(注21)。ここまで、メディチ家周辺で制作された作品を中心にダイヤモンドの描写を確認してきたが、次章ではこれらの作品に表象されたダイヤモンドは何を意味し、そこに共通点があるのかという観点から検証する。2.メディチ家周辺で知られていた著作とダイヤモンドの象徴性従来の研究では、複数の作品に描かれたダイヤモンドに着目し、同時代の宝石に対する社会的認識を考慮して、作中におけるダイヤモンドの象徴性を十分に分析してきたとは言い難い。本稿で取り上げた作品群のうち《ミネルヴァとケンタウロス》と《剛毅》に描かれたダイヤモンドに関しては、既述のとおりシューマッハがその硬さと透明度からミネルヴァの徳を象徴すると述べ、ライトボーンが剛毅の擬人像の頑強な忍耐力を意味すると指摘しているが、いずれの研究者もその典拠を示してはいない。そこで本章では15世紀のメディチ家周辺で知られていたダイヤモンドに言及する著作を検証し、当時知られていたダイヤモンドについての認識を確認したい。ダイヤモンドは古代より百科事典や宝石論、医薬書や占星術書など、数多くの著作に薬効や超自然的な力を持つものとして記述されてきた。これらの著作で用いられているアダマスという言葉が、一般的にはダイヤモンドを含む硬度の高い石を指すとされる。アダマスがダイヤモンドと確実に結び付けられるようになるのは、プリニウスの時代以降である(注22)。プリニウスは『博物誌』のなかで、6種類あるアダマス― 296 ―― 296 ―

元のページ  ../index.html#306

このブックを見る