鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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ス》〔図1〕、《愛と貞節の戦い》〔図11〕、《貞節の凱旋》〔図13〕では、ダイヤモンド飾りを身につけているのは、優位、もしくは勝利するミネルヴァと貞節の擬人像であり、ダイヤモンドを勝利や無敵さと関連付ける上述の著述家の言葉と一致する。また、既述のとおり、フィチーノはダイヤモンドが勇気をもたらすと記しており、これは《剛毅》〔図5〕の主題に一致している。一方で、ミネルヴァと貞節の擬人像に伝統的にダイヤモンドが描かれてきたわけではないことも指摘しておきたい(注32)。また、管見の限りでは、ボッティチェッリの《剛毅》〔図5〕以前に制作されたことが確実な剛毅の擬人像を描いたフィレンツェの作品に、ダイヤモンドが表わされたものもない(注33)。さらに、先述のとおりゲラルドの描いた貞節の擬人像の持つ楯には、ペトラルカの言及に反してダイヤモンドが描かれている。したがって、上述のような宝石に言及する著作に親しんでいた知的な注文主の意向によって、貞節や剛毅の擬人像、ミネルヴァの持物としては一般的ではなかったダイヤモンドが、勝利や勇気といった象徴性が考慮されて、作品の主題に合わせて意図的に表わされたと考えられるのではないだろうか。3.ダイヤモンドと貞節これまで考察した作品の中で、バッチョ・バルディーニに帰される《天球を持つ青年と少女》〔図15〕とロレンツォ・ディ・クレディ作《若い女性の肖像》〔図17〕には勝利や勇気という明確な主題があるわけではない。しかしながら、この2点の作品に暗示された貞節というテーマは、ゲラルド作《愛と貞節の戦い》〔図11〕と《貞節の凱旋》〔図13〕はもとより、ボッティチェッリ作《ミネルヴァとケンタウロス》〔図1〕にも共通するものである。先行研究ではミネルヴァが貞節を象徴することが指摘されているが(注34)、ボッカッチョもまた『異教の神々の系譜(De genealogia deorum gentilium)』(1350-1375年頃)にて、ミネルヴァが永遠に純潔を守ろうとしたと記しており(注35)、当時、ミネルヴァが貞節と同様に理解されていたのは間違いない。実際にロレンツォの詩作(sonetto XV)とその注解には、ダイヤモンドと貞節を関連付ける言及が確認された。ロレンツォは注解の中で、とかく移ろいやすい恋人への想いが永遠に続くよう、あたかもメドゥーサが見たものを石に変えたように、恋人の眼差しがロレンツォの想いをダイヤモンドのごとく強固にすることができたらいいのに(注36)、と述べている。ダイヤモンドに関するこのロレンツォの言及は、バッチョ・バルディーニに帰属される《天球を持つ青年と少女》に記されたロレンツォのモットーとも呼応しており、本作にダイヤモンドが表わされた理由を示しているだろ― 298 ―― 298 ―

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