㉛ 挿画本『パリ1937』出版の背景および挿画作品に関する研究研 究 者:北海道立函館美術館 主任学芸員 柳 沢 弥 生1.はじめに『パリ1937』(Paris 1937)(パリ、1937年)は、パリを題材にしたエッセイと挿画を組み合わせた挿画本である。出版人はジャン=ガブリエル・ダラニェス(Jean-Gabriel Daragnès 1886-1950)であり、500部限定で出版された。序章を含めて32の章からなり、各章はエッセイが1本とそれに対応する挿画2点で構成されている。本研究の目的は、第一に本作品の出版の背景の解明を進めること、第二に個別の挿画作品の内容について解明を進めることにあった。前者については、本作品の出版2年前の1935年に開催された個展「ジャン=ガブリエル・ダラニェス作品展」図録および、1937年開催のパリ万国博覧会公式図録等を調査するとともに、ダラニェス研究の第一人者であるペーター・フランク(Peter Frank)氏(注1)にインタビューを行い、本作品の出版におけるダラニェスの仕事について具体的な知見を得た。後者については、本作品のテーマであるパリを訪れて実地調査を行い、個別挿画作品10点について、題材となった風景が実在することの確認および該当する場所の特定を行った。以上二点の調査結果について、以下のとおり報告する。2.出版をめぐる基礎的事項の確認ダラニェスは1886年ボルドーに生まれ、幼少期に家族とパリに移住、その後絵画や版画を学んだ。1907年より、モンマルトルでエコール・ド・パリの画家や作家らと交流を深めながら自らも画家・挿画家として制作活動を行い、並行して、挿画本を中心とする出版に携わった。1918年よりジョルジュ・クレ(Georges Clès)率いる出版社、1923年からはエミール=ポール兄弟(Émile-Paul Frères)の出版社でアートディレクターを務め、その後、自らの出版工房をモンマルトルに構えた。1925年のパリ万国博覧会「パリ現代装飾・産業美術」展では最優秀賞を獲得、1926年にはレジオン・ドヌール勲章を受けた。1935年、装飾美術館でダラニェスにとっては生涯唯一となる個展「ジャン=ガブリエル・ダラニェス作品展」が開かれた。図録によると展示作品の制作年代は1907-1934年、展示点数は271点、内訳は油彩などの絵画198点、素描・版画8点、書籍装丁9点、挿画本56点である(注2)〔図1〕。彼の画家・挿画家・出版者としての業績を一望できる展覧会であった。― 326 ―― 326 ―
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