において他と大きく異なる(注8)。次に、大正13年(1924)に再興第11回院展へ出品された「彦火々出見尊」〔図4〕は、現在その所在が明らかではないものの画集などからその図様を知ることができる。全12段の場面から構成された白描の作品であり、「山幸海幸」と段数、場面選択に差異はあるものの、基本的な図様や表現は共有する。存否不明の為、「山幸海幸」を通じて復元的に考察しなければならないが、「彦火々出見尊」は、青邨が欧州における美術視察から帰国して初めての院展出品作であり、その時に出品された「花売」と共に欧州経験の影響が想定される作品として重要である。よって「山幸海幸」の考察を前に、まず「彦火々出見尊」に向けられた批評を確認しておこう。長文になるが春山武松の作品評を引用する(注9)。此絵巻物の優れたる点は、第一に畫の組立の巧みなことにある。青邨氏は此傳説を物語るのに、屢思い切つた省略法を用ひてゐるのに拘らず、話の筋を中斷せしめなかつた。そこに畫家の明晰なる頭腦の働きが認められる。之と密接に關係して、第二には、各段に描かれたところが出来るだけ単純化されているにも拘わらず、現される所の意義が、非常に暗示的の効果をとっている點は賞すべきである。(中略)兎も角その筆法は、これ以上の省略を許されない程度までは切りつめてあり、然も活氣があつて、暗示に富んでゐるのであるから、氏の狙ひ所が極めて當を得てゐることを、第三の美點として數へなければなるまい。また小杉放菴は「前田青邨君の「彦火々出見尊」は、之を要するに概念的であると思ふ。だから挿絵式に見えるのである」(注10)と本作の急所を的確に捉えた批評を残している。以上の評からは、描く対象を絞りモチーフを単純化して描くことにより、抽象化が進んでいることが理解される。以上、簡略ながら作品の概要を確認してきたが、本稿では「山幸海幸」あるいはその類似作としての「彦火々出見尊」を起点に、近代物語絵巻における「絵画の自立性」の問題を取り上げることとする。2.物語絵巻の近代化について─青邨の場合─もともと前田青邨はその絵の中に文学性を導入することを極端に嫌ってきた。たとえ古典文学や歴史上の逸話を画題とすることはあっても、それはあくまで造形― 350 ―― 350 ―
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