鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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第9段 やかて三年になりて命昔の事を思ひ出てゝなけき/たまへしかはわたつみの神魚ともこと〵〳集めて/鉤を取れるものやあると問ひしに海鯽の魚喉に/鯁ありて物喰はず必ず是ならむと云ひけれは即ち/此の魚の喉を探りて鉤を取りたり第10段 かくて山幸彦かへらむとしたまへしかはわたつみの/神この鉤を兄の命に返さむ時におほちすゝち/まちゝうるちと云ひてうしろ手にかへし給へ又兄/の命髙田作らは下田を作りたまへ下田作らは髙/田作りたまへわれ水を掌れは三年の間に兄の命/かならず貧しくなりなむ恨みて攻め来なば此の潮/盈珠潮乾珠もて防き給へとて二つの珠を奉りぬ第11段 さてこの天つ日髙の御子を送りまつれと一尋/鰐におほせけれは一尋鰐命を負ひて只一日にして/送り着けたてまつりき命よろこびて紐小刀/を此の鰐にたまひけり第12段 鉤は兄の海幸彦にかへしつ兄の命髙田作れど/髙田実らず下田作れど下田実らず年々に貧/しくなりぬ第13段 怒りて攻め来しかは潮みつ珠もて潮呼ひて溺らし/め給ふ第14段 兄の命恐れて愁ひて白しゝかば潮ひる珠もて潮を退/けやりたまへは海幸彦今よりゆくさきなが命の/晝夜の守り人と為りて仕へまつらむと白しき第15段 その後豐たま姫わたつみの国より来て既に身こ/もりたれは天つ神の御子をわたつみに置きまつ/るべきにあらねば参りたりと白す即ち海べのなぎさ/に産屋設けしつ第16段 姫又白しけるはあたし国の人は産む時元の形/になるなりかまへてわれを見給ふなと云ひけるを/命あやしみてかいまみ給へば八尋の鰐になりて/居たりき第17段 とよたま姫見られつと知りて恥ち怒りてわた/つみの国へかへり去り給ひぬ此時よりぞ海と陸/とは相通はずなりにけるされと尚命を戀ふ/て歌ひたまふ/あか玉は緒さへひかれと白玉の君かよそひし/たふとくありけり第18段 さてあれませる御子の名をば天津日髙日子波/限建鵜茅葺不合命となむまをすなり奥書  右青邨子山幸海幸圖巻十八段/詞書 古事記本文に依り加減抄/出す    昭和十年正月 日  放菴 ㊞(白文方印「安明山下人」)― 355 ―― 355 ―

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