鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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今にも息絶えそうなロランの姿と盟友オリヴィエの姿が描かれ、中景右手には、彼らにとどめを刺そうとする敵軍サラセン人の姿が描かれている。そして遠景左手には、ロランの死後に駆けつけることになるシャルルマーニュ率いるフランク族の本隊が見える。ミシャロンは、本作を描くために複数の習作を描いたことが予想され(注22)、熟考された上での構図であることがその完成作からは窺える。『ロランの歌』は、現在ではオックスフォードが所蔵する12世紀の写本が最古のものとして知られているが、ミシャロンが本作を制作した時点では、完全な形でこの武勲詩を読むことはできなかった。そのため、ミシャロンの絵画には、実際の物語といくつかの齟齬がある。例えば《ロランの死》のリヴレには、ロランは「オリヴィエの手の中で息を引き取る(注23)」と解説されるが、物語の中でそのような場面はない。現存する写本においては、ロランが名刀を奪われることを憂い、その剣デュランダルを岩にたたきつける際には、オリヴィエはすでに討ち死にしている。実際には、ロランは、しんがりの軍の最後の生き残りとして、息を引き取ることになるのだ。参考とすべき確定的な底本がないため、ミシャロンはむしろ自由に物語を翻案して表現することができたのだと考えられる。ミシャロンの絵画では、ロランを抱えるオリヴィエを描くことにより、主君のために殉死する忠誠心とともに、戦士同士の友情が強調されている。チャンドラーによれば、中世趣味とは、産業革命以後の人間関係が希薄になった近代人による封建時代の人々の強い結びつきに対する憧憬であった(注24)。騎士同士の熱い友情、主従関係の強さ、家父長制に基づいた家族の強い結びつき、それらは雇用者と労働者という資本主義社会へと変わりつつある世界では、見られなくなっていたものであった。また中世人は、自然とより身近な人々であり、自然の一部をなし、その騎士道精神は、自然の慈愛を反映するものであったと考えられていた。《ロランの死》は、復古王政のプロパガンダ的な側面だけでなく、同時に、同時代の中世趣味に寄り添ったものであった。同時代受容では中世の物語を、その荒々しい自然の情景とともに描き、中世精神を表したこの歴史風景画を当時の人々はどう受け取ったのであろうか。本作に対する批評は、「筆触が少し柔らかくだらけたものになっている(注25)」や「筆触に活力が欠けていると思われがちである(注26)」など、その筆触に対していくらかの非難はあったものの、主題がよく選ばれたものであり、その情景と見事に一致しているという点で共通していた。ドレクリューズは、アカデミーの理想に即して、風景画に対して求められ― 364 ―― 364 ―

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