アート・ギャラリー、W. 751)では、金色の組紐文による枠取りの中に大きく配されたイニシアルと、その地を埋める植物モティーフのみから成るイニシアル頁が、カール禿頭王の治下で開花したフランコ=サクソン派の装飾形式を踏襲していることを示している〔図10、11、12〕。但し前世紀の全頁大イニシアルと比較すると、10世紀のコルヴァイ写本では文字と枠組みとが一体化し、より複雑でモニュメンタルなイニシアル頁へと変貌していることが見て取れる。『典礼書読唱集』(ニューヨーク、公共図書館、Ms. Astor 1)では、福音書記者マタイの名が複雑に組み合わせられ枠一杯に拡大されることで、枠組みとイニシアルとが殆ど同質化している(注14)〔図13〕。更に10世紀第4四半期の『典礼書』写本断片(ライプツィヒ、大学図書館、Cod. Rep. I 40 5)では、イニシアルTの上辺が枠組みの両端を押し上げている〔図14〕。この変化は、コルビー修道院のフランコ=サクソン派様式の写本(パリ、国立図書館、Ms. lat. 12050;パリ、国立図書館、Ms. lat. 12051)と比較すると顕著である。前世紀の例では文字が枠組に殆ど接触することなく収められていたのに対し〔図15、16〕、10世紀のコルヴァイ写本では文字と枠組みとが一体化しているのである。文字と枠組みとの一体化という傾向がコルヴァイ修道院の彩飾写本のイニシアル頁には見られたものの、動物や人物像といった形象モティーフと文字とは、8-9世紀のコルビー写本とは異なり、ここでは原則的に混じり合うことは稀であった。先述の『典礼書読唱集』写本は福音書記者を始めとした人間像を伴う全頁大挿絵を備えるが、イニシアルと人物像は分けて描かれている〔図13〕。人物像と文字とがようやく共存するのは、《フルダ福音書》(ミュンヘン、バイエルン国立図書館、Clm 10077)の “Te igitur” のイニシアルTに重ね合わせられた磔刑図である〔図17〕。典礼書写本の “Te igitur” に磔刑図を充てる全頁大イニシアルは、8世紀末以降カロリング朝写本を通じて、特に宮廷と深く結びついた写字室で制作された豪華写本で好んで用いられたモティーフであり、ロマネスク写本まで連綿と受け継がれて表された(注15)。コルヴァイ修道院の写本は、母修道院で興隆した種々の物語イニシアルの継承によってではなく、宮廷周辺の豪華典礼書で盛んに表されたこうしたモニュメンタルな全頁大イニシアルを踏襲することで、カロリング朝からロマネスク芸術への架け橋となったのである。おわりに西欧中世の修道院で制作・保存された写本は、その多くが修道院解散時に散逸しており、現存する例から過去の時代の写字室・図書室の状況やある特定の時代の絵画様― 374 ―― 374 ―
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