倒れた人物が描かれている。こちらは白い肌で青い頭髪、顔は後ろ向きで見えないが、裸形の肩から背中までが描かれ、先の人物と同様、画面中央に向かって腕を伸ばしていることが分かる。脇腹から腰以下は剥落しているが、よく見れば剥落は右側に見られた雲形と同じ形を描いており、その縁に沿って所々に顔料の残存が見られる。この剥落は輪郭に沿って削り取られたものであるらしい。断片的に残る彩色は青、おそらく青色顔料のラピスラズリを狙った人為的破壊であろう。ともあれ、この人物も右方の人物と同様、身体を雲形の塊に包まれ倒れていることが確認されるのである。画面両隅に小さく描かれたこれらの人物は本作例の大きな特徴といってよい。身体を覆う雲形は緑や青に塗られ、右方の例では等間隔に白い斑点を描いている。この表現は天井画に見られる山岳の描写を彷彿とさせるが、これだけの手掛かりでは何の場面を描いたものか推測しがたく、失われた画面上方を含め全体の図像が気になるところである。同様の特徴を持つ作例、すなわち「雲形に包まれて倒れる人物」の描写を持つものは現時点でほかに知られておらず、図版も公開されていないが、筆者が現地で確認したところ3点の類例を見出すことができた。まず図3は第171窟右壁の壁画である。先の第14窟では壁画の上半が失われていて全体の図像が知り得なかったが、第171窟の作例は完好とはいえないまでも全体が残っており、残存部分を丹念に観察していけばかろうじて全体の図像を読み取ることができる。中央に描かれた仏は右を向いて坐し、対面する位置には合掌する貴人と妻が並んで坐っている。貴人の頭上には小さめの頭部が見えている。わずかに残ったその頭頂部には、瘤状の小さな髻が一つ確認できる。これは国王に侍る童子の特徴と判断できる。同様の人物はキジル壁画にはよく描かれており、頭部に五つの小髻を結うのがその特徴である〔図4〕(注4)。ならば先の貴人は国王ということになろう。画面上部には頭光を伴う供養天人が3体確認でき、また仏の左方には払子を振り上げる執金剛神と2人の貴人が確認できる。そして画面下方の両隅には、先の第14窟と同様の人物が横たわっている。2つの壁画は同じ主題を描いたものと判断されよう。では第14窟で失われていた画面上方からはいかなる特徴が読み取れるであろうか。注目したいのは、先に見た「倒れる人物」が、画面上端にも描かれている点である。画面上端の右隅には腕を垂れて逆さまになった人物が見え、左隅には後ろ向きに倒れて腕を広げた人物が確認できる。両者はともに身体を雲形に包まれており、下方隅の2人物と同じイメージであることが理解されよう。こちらは上方から雲形が覆い被さり、押し倒されているように見える。雲形の描写が山岳の表現に近いことから類推すれば、― 383 ―― 383 ―
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