④マン・レイの《アングルのヴァイオリン》は前衛的古典主義なのか研 究 者: お茶の水女子大学 グローバルリーダーシップ研究所 特別研究員成城大学 文芸学部 非常勤講師1.序マン・レイの写真作品《アングルのヴァイオリン》〔図1〕はよく知られているように、ドミニク・アングルの《ヴァルパンソンの浴女》〔図2〕もしくは《トルコ風呂》〔図3〕をもとに制作された作品である。頭にターバンを巻いた恋人キキの後ろ姿を写した写真にf字孔が描き込まれているのは、タイトルの「アングルのヴァイオリン」が「趣味」を意味するフランス語の成句表現だからである。体が楽器に変容したユーモラスで不可思議なこの作品は、現在ではマン・レイ、さらには彼と近しい存在にあったシュルレアリスムを代表する作品になっている。しかし、この作品を読み解くには、当時のフランス美術界の複雑な状況を考慮しなければならない。第一次世界大戦を機に前衛芸術家たちが古典へと回帰する傾向がみられるのだが(注1)、その文脈においてアングルもまた注目を集めていたのである。さらに興味深いことに、この作品が発表されたのは、後のシュルレアリストたちがかかわった『リテラチュール』誌の最終号であり、シュルレアリスムが誕生する数ヵ月前のことだった(注2)。このことから本研究は、アントワーヌ・コンパニョンが指摘するように(注3)、過去と断絶し新しさを求め、同時期に様々なグループが存在したフランス・モダニズム芸術運動においては、他との違いを明確化するために多くの宣言が発表されたことに留意し、《アングルのヴァイオリン》もまた、その差異化に貢献したと考える。たとえば、デヴィッド・ベイトやクリステン・パウエルは、前衛芸術家たちが古典へと回帰していくなか、《アングルのヴァイオリン》はこの芸術運動のパロディだと指摘している(注4)。しかしながらその時、パウエルによってシュルレアリスムと敵対していたアンドレ・ロートとマン・レイが同列で扱われている等、前衛芸術運動が単純化されているように思われる。それゆえ本研究では、当時のフランス美術界におけるアングルの受容に注目しながらも、シュルレアリスムと前衛芸術家の古典への回帰の対立だけでなく、より広い視点のもとこの作品を当時の芸術動向に位置付けし直し、その役割を解明することを目的とする。以上の考察は、主にダダとの繋がりで語られてきた従来のシュルレアリスムの生成過程を再考すると同時に、一つの具体例としてフランス・モダニズム芸術運動の一側面を解明してくれるだろう。そのために、20世紀初頭におけるアングルの受容を確認することから始める。― 33 ―― 33 ―木 水 千 里
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