②新出の曾我蕭白筆「渓流図襖」について(1)作品の概要研 究 者:千葉市美術館 学芸員 松 岡 まり江本稿では、18世紀に活躍した曾我蕭白(1730-81)の新出作品を中心に、同作が描かれたと思しい播州遊歴時代の諸作品からみる画風の特徴を考察し、画歴全体の中に位置づけてみたい。また、印章の種別とその状態についての検討・比較は蕭白の諸作品の年代検討に欠かすことのできない要素であるが、本作に捺される朱文円印「鸞山」についても、使用された作例をまとめ考察を加えたい。兵庫県の個人宅に伝来したこの「渓流図襖」(紙本墨画・襖4面・寸法(各本紙部分)168.8×87.6cm)は、落款「曽我左近次郎暉雄図」の傍らに5つの印章が捺される〔図1~4〕。各襖の端に金の短尺のような形で補紙がつがれており、画面の端や引手の周辺に改変の痕跡が認められるが、補紙を取り除けば画は連続するので、欠失はほぼ無いとみていい。上部にも補紙は認められない。伝来については明らかでないものの、同家には鳥取を中心に活躍した片山楊谷(1760-1801)の襖絵も伝わっており、往時から書画を好む富裕な家柄であったことから、制作当初から当地にあった可能性も捨てきれない。現在の座敷の寸法に合わせるために近代になって少なくとも一度は改装され、上部もごくわずかに切り詰められた形跡がある。本作品の魅力は、風になびく木々や水の流れといった動的なモチーフを扱いながらも、自在な墨使いであらわす湿潤な大気、靄や多めの余白によってか、不思議に静かで清澄な世界が描出されている点にある。向かって右上部から岩間を走り、手を広げたような形で勢いよく注ぐまでの流れの緩急、波、その背後の静かな水面は、誇張の少ない素直な表現といえるだろう。実景を彷彿とさせる本作は、画業の最初期から故事人物画や花鳥、山水では中国風景を得意とした蕭白の画にあって特異な存在である。勿論、失われた左方の襖が存在したとすればそこに故事人物が描かれていたのかもしれず、あるいは「月夜山水図襖」(鳥取県立博物館蔵)のような中国山水に続いていた可能性もあるが、知る限りでは本作と共にあったらしき作品を見出すことはできなかった。蕭白には滋賀県・大角家の「楼閣山水図」「松竹梅図襖」のように襖四面で完結する作品も多く、安定した対角線構図がとられる本図についても、ひとまずは、当初から四面構成であったと考えたい。― 463 ―― 463 ―
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