な作品が存在している〔図5、6〕。しかし興味深いことに、この作品には他のヴァージョンも存在する。最もよく知られているのは、横向きのものであろう〔図7〕。たとえば彼の代表作の一つである写真作品《白と黒》でも多くのヴァージョンを制作していることから、この事実は珍しくないといえるかもしれない〔図8、9、10〕。しかしながら執筆者は2011年に出版されたカタログで他の2つのヴァージョンを(注17) 〔図11、12〕、さらにマン・レイの未亡人ジュリエット・マン・レイによって創設されたマン・レイ・トラストが所蔵しているデッサンを1枚確認した〔図13〕。これらに言及している先行研究はないが、《アングルのヴァイオリン》を考察する上で注目すべきものであると思われる。というのも完成作品についてすでに何度も指摘されてきたが、それに加え、これらのヴァージョン違い(写真3枚、デッサン1枚)に見られる女性もまたアングルの《トルコ風呂》でそれらのモデルを見つけることができるからである〔図14〕。この作品へのオマージュはピカソの《浴女たち》〔図15〕が有名であるが、マン・レイもまた独自に同様の試みを写真で行っていたのである。そしてこれらのヴァージョンは、マン・レイがアングルの《トルコ風呂》を参照し、幾つかのパターンで写真を撮り、制作を試みていたことを示している。つまり、おそらく写真に写された背中がヴァイオリンを連想させ、そこからマン・レイは「アングルのヴァイオリン」というタイトルを付けたことが予想されるのである。重要なことは、この言葉は映像と対になってはいるが、はじめから完成段階の構想があったのではなく、制作の途中でこの作品が誕生したと考えられる点である。そうであれば、f字孔が後から描き込まれているのにも納得がいく。さらに、ポンピドゥーセンターのアーカイヴに収蔵されているまた別のヴァージョンではよりヴァイオリンに似せるべく、弦を模した凹凸で表した四本の線が引かれ、撮影後に手が加えてられている〔図16〕。また、f字孔のモティーフ自体はアングルとは関係ない文脈で1916年の自画像にすでに表れており、この作品のために思いついたものでもなかったことも指摘しておく〔図17〕。以上のような被写体(背中)から出現した新たなイメージ(ヴァイオリン)の誕生は、先行研究で写真と言葉の密接な関係から説明されてきた作品の生成過程を明らかにするだけではない。それは、ロザリンド・クラウスが主張するシュルレアリスム美術の特徴と一致し、それによりこの作品の掲載意義もまた明らかになるのである。クラウスはシュルレアリスム美術における写真は指標性を利用し、現実そのものを記号として提示していると考えた(注18)。ただし、たとえばポケットの中の丸まっ― 38 ―― 38 ―
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