鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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(2) 海外派遣①古代末期キリスト教会堂装飾の宇宙論的基盤の研究期   間:2017年5月1日~6月30日(61日間)派 遣 国:アメリカ合衆国報 告 者:大阪大学名誉教授  辻   成 史報告者は一昨年から、Caelum caeli、すなわち「天の天」という、もともと詩編115編(七十人訳においては113編)に謳われた言葉に基づき、古代末期の一連のモザイクあるいはフレスコ作品の検討を行ってきた。本研究が扱う具体的対象は、主として初期キリスト教建築のドームの頂点あるいはトンネル状の穹窿天井を飾る一連の「複合的モティーフ」である。主たる作品は、煌めく星を散りばめた夜空を背景に、十字架あるいはいわゆるXP(キー・ロー)のキリストのモノグラムを中空に配している。その代表例として、もっともよく知られたラヴェンナのいわゆるガッラ・プラチーディアの廟のモザイク装飾がある。ラヴェンナのこの廟堂が、果たして伝承に言われるように、テオドシウス大帝の娘であり、ホノリウス、アルカディウス両帝の姉妹でもあったガッラ・プラチーディア(388-450)の廟であるかどうかについては、様々な議論があるが、それは措くとしても、彼女の生時が、キリスト教思想と文化形成の重要なエポックに当たっていることは記憶されてよい。その前後の期間、キリスト教徒となった知識人・芸術家たちは、彼らを育んだヘレニスム・ローマの思想・文化遺産を、如何にして新たな宗教的要請に合致させるかに最高度の努力を傾注していった。彼らを取り巻く文化環境の変化の一端として、まず東地中海地方のギリシャ語圏では、カエサレアの大バシレイオス(330-379)、ナジアンズスのグレゴリウス(329-390)、ニュッサのグレゴリオス(335-395)の三者に代表されるいわゆるカッパドキア教父によってギリシャの思想伝統、とくにプラトニズムを地盤とした新たなキリスト教思想が形成される。さらにその影響のもと、西地中海地方のラテン語圏においても、アウグスティヌス(354-430)という稀有の才能の持主によって、その文化環境の劇的な変化が『告白録』の中に活き活きと描かれている。拙論は言うまでもなく具体的な考古・美術史的資料に基づいた研究であるが、その背景として4世紀後半から5世紀半ばに至る新たなキリスト教思想の形成を常に念頭に置いている。― 486 ―― 486 ―

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