今回のCASVA滞在中にほぼ輪郭を完成した本研究は、大別三部からなる予定である。第一部は現存する研究対象作品の詳細な記述を伴ったカタログで、現在10点の作品を含んでいる。第二部は、その記述を踏まえての特定のモティーフの解釈の試みであり、写本挿絵等いくつかの関連作品を併せて論じる。第三部はこれら諸作品の検討の結果を踏まえ、背景の思想・社会の歴史を展望する予定である。次にこの「複合的モティーフ」について述べる。背景となっている星を散りばめた夜空のモティーフと、その夜空に浮かぶ十字架あるいはキリストのモノグラムのモティーフは、それぞれ四世紀末以前に遡る作品例がある。前者に関していうなら、紀元後一世紀のトラキアの「ウィザの墓」のトンネル型穹窿天井とリュネットは、古代末期の例と同じく、6本の車のスポーク状の光を放つ星のモティーフで飾られている。キリストのモノグラムに関しては、コンスタンティヌス大帝の霊夢の伝承もあり、4世紀を通じて様々なメディアに頻発している。しかしながら、この二つのモティーフの組み合わせの現存例は、弊見するところそう多くはない。現在発表者の準備しているカタログでは、様式的にも図像学的にもナポリの司教座会堂サン・ジェンナーロ付属の洗礼堂サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテの円蓋装飾がもっとも初期の例と思われる。(年代に関しては、400年前後をめぐって各説があるが、今ここでは具体的には論じない。)この一群の「複合的モティーフ」による作品は、十字架やキリストのモノグラムが中空にかかっていることを表すために、それぞれ芸術的努力を払っている点は注目されてよい。すなわち、このモティーフの表現しようとする内容の一半は、確実に、夜空を背景としての十字架の「出現(エピファニア)」にある。ただそれを一意的に終末の日のキリストの出現と解するわけにはいかない。それがどういった意味での「出現」であるのかは、今後の論考を通じて明らかになるだろう。本研究においては、この課題と関連しながら、これまで十分に確認されてこなかった別種の問題を提起し、研究の今後の方向を論じたい。ノルトシュトレームのRavennastudien(1953)は、第二次大戦後のラヴェンナのモザイク研究の嚆矢となったが、書中のガッラ・プラチーディア廟堂モザイクを論じた章の中で、そのモザイクの図像プログラム全体の構造を問題とし、あらためて現在ヴァティカーノ図書館蔵であるギリシャ語写本669番に見られる挿絵に類似していることを指摘した。すなわち、『インド旅行者コスマスのキリスト教地誌』挿絵においては、玉座に坐するキリストを頂点に、それぞれ異なる構成員を含んだ小フリーズを積み重ねた構図となっている。だが、果たして、ガッラ・プラチーディアの廟墓装飾にもこのように明確な位階的垂直構成が見られるであろうか?― 487 ―― 487 ―
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