鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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見るとおり、ラヴェンナの廟堂は小建築であるにもかかわらず、内部空間は複雑に分節化している。平面は四方向に腕を伸ばした十字形を成し、北面入口のある側の腕は、奥の三本の腕に比して長い。いわゆるラテン十字形プランとなっている。その上に築かれた建築空間は、上下におよそ四つの階梯を形成している。現状では、入口の扉口から三段降ったところに最下層の床が広がっているが、本来の最下層床は、現在の倍ほど、つまり、およそ3メートルも深いレヴェルにあったとされている。その奥の三つの「腕」の床面には、かなりの大型の4~5世紀と思われる石棺が一個ずつ配されている。このように埋葬所を地上面より深く掘りこむ形式は、古代末期の廟墓建築一般に見られる傾向である、「腕」の部分の壁の下半分は大理石板が張りつけられているが、その上に掛るトンネル型穹窿、突き当りの小リュネットは、またトンネル型穹窿の正面縁は、全て美しいモザイクで飾られている。もし推定されているように床面が今の倍ほど低く掘りこまれていたとするならば、地下室とは言えないまでも、かなり深い凹空間を形成していたであろう。これを第一層としたい。第一層に対し、当初の床面から現在の倍ほどの高さに壁面に沿って立ち上がった4個のリュネットは、いわば地下世界と天上世界の中間に属する空間である。しかもそこには、鹿の集う生命の泉、繁茂するアカンサス、皇帝の如く羊すなわち信者たちを統治するキリストに、そしてこの世を殉教で終えようとする人物といった、地に属しながらも天上の世界に明確に言及するモティーフが集められている。これを第二層としたい。続く第三層は、先ずその建築形態において独自の様相を見せているが、それについては今後建築史の専門家の意見を徴しつつ議論することとし、ここでは、アーチの形成する4個のリュネットに描かれたモティーフを観察したい。各リュネットはそれぞれ、アラバスターの窓を挟んで立つ2名の使徒像を含む。とくに東面の2名の使徒は、相貌からペテロとパウロと同定し得る。彼らはいずれも上方を仰ぎ、賛仰の姿勢を見せる。これが所謂「十字架の賛仰 adratio crucis」を表すとする従来の見解は正しい。ただこれまでの研究は、アーチの頂点に沿って使徒の頭上に展開するモティーフについては、ほとんど議論されてこなかった。アーチ頂点から扇状に広がっているのは、天蓋のモティーフであるが、これが古代以来の「天」を表すモティーフであることは確かである。さらにアーチの頂点に沿っては、雲とも鳥の翼とも見える半透明の波型が描かれており、その中軸は、上から下に垂直に下降する鳥(おそらく鳩)の形となっている。この雲/鳥のモティーフは、まず間違いなく降下する聖霊を象徴するものであろう。― 488 ―― 488 ―

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