鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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⑧ピカソとメランコリー─クラシック期の裸婦像に見る情感、様式、図像の諸問題─研 究 者: 成城大学大学院 文学研究科 博士課程後期実践女子大学 非常勤講師はじめに1920年代のパブロ・ピカソ(1881-1973)は古典美を求めて、調和や均衡のとれた画面を構成し、壮大で穏やかな様式を確立している。彼は1917年のイタリア旅行や、1919年のイギリス旅行を通じて古代ギリシア・ローマ彫刻、イタリア・ルネサンス美術、フランス古典主義や新古典主義の絵画などに触発され、それらの芸術がピカソの豊かな造形性の発露になっている。所謂ピカソの「古典時代」と称される1910年中旬~1920年中旬に創作された人物はより写実的になり、肖像、裸婦、水浴図、母子、静物などの主題が傾向として多く見られる。キュビスムから古典へと作風を一転したピカソは、私生活においてもバレエ・リュスのダンサーのオルガ・コクロヴァと1918年に結婚し、パリの高級住宅街へ引っ越して中産階級的な富裕層へと様変わりした。三年後には息子パウロが誕生している。ピカソの生活は幸福に満たされているにも関わらず、この時期に制作された人物画や肖像画、裸婦画はどこか憂鬱そうでメランコリックな雰囲気を漂わせている。先行説ではその発想や着想の源に論究するものの、詳細には論じられず論拠を示すものは少ない。そのため今後の研究では新たなアプローチや視座が必要であると考える。本研究ではピカソ・クラシックの代表的な裸婦作品とされている《座る二人の裸婦》(1920年)〔図1〕を中心に、裸婦画や人物画に感知されるメランコリー(憂鬱)について、ジャック・ラカンが論じる「不安」(Angoisse)や「眼差し」のテーゼも加えて考察したい。1.先行言説およびメランコリーの図像と表象アルフレッド・H・バー・Jr.らはピカソの1920年代前半の裸婦画や人物画は、メランコリーで物憂げな表情や雰囲気を醸し出していると指摘した。バー・Jr.は本作品はメランコリックな裸婦だが感情に欠けていると言い、ピエール・カバンヌやリンダ・ノックリンは裸婦や人物は虚ろな目で憂鬱そうだと述べている(注1)。メランコリーは『広辞苑』第6版には、①気がふさぐこと、悲壮感、憂鬱 ②鬱病の意味があり、今日では単なる一時的な沈んだ気分といった意味が一般化してい― 75 ―― 75 ―塚 田 美香子

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