篇』の余白には、一角獣を祝福する処女の頭上に聖母子のメダイヨンが描かれ、一角獣の伝説と受肉の結びつきがうかがえる(注6)。そしてキリスト教化された一角獣と処女という組みあわせは、降誕図の中に添えられるようになった。例えば12世紀の『スタンハイムの典礼書』や『フロレッフェの聖書』では、降誕場面を描いた挿絵に一角獣を抱く処女が描かれている(注7)。こうした作例はキリストと一角獣の同一視だけでなく、聖母の処女性をも暗示するものとして解釈できるだろう。さらに教父たちは、「処女に捕らわれる一角獣」が、マリアの母体にキリストが受肉した瞬間、すなわち受胎告知を表すと考えた(注8)。サン・ヴィクトルのフーゴーは、キリストが「霊的な一角獣(spiritualis unicornis)として聖母に捕らえられる」とした(注9)。ゲス修道院旧蔵の13世紀半ばのアンテペンディウム〔図1〕には、神の子の到来を告げるガブリエルの足下に、聖母マリアへと歩みを進める小さな一角獣の姿があるが、ここではまだ「狩猟」という意味を持っているかはっきりしない(注10)。受胎告知と関連する一角獣狩りに幼子イエスの姿が登場するのは、祭壇画など大規模作例の主題として制作される15世紀以降のことになる。「神秘の一角獣狩り」と呼ばれるこの種の図像は、ドイツのテューリンゲン地方で成立したと考えられており、現存する図像もこの地方や北部ドイツに多い。最古の作例はエアフルト大聖堂の《聖母マリアと一角獣祭壇画》〔図2〕に帰されているのだが(注11)、幼子イエスの図像〔図3〕もこの祭壇画にすでに登場している。エアフルトは一角獣の都市で、「神秘の一角獣狩り」が5点あり(注12)、その中で最も大きくそしてまた制作年代が古いものがこの作品である。三連画の中央部パネルには、聖母マリアと一角獣がひときわ大きく描かれ、ガブリエルすら、この作品に添えられたアトリビュートのひとつのようにみえる。巨大なマリアと諸聖人に埋もれるガブリエルからは、この祭壇画が受胎告知と関わるものと想像しがたい。しかし他の4作品は、閉ざされた庭園の一角獣狩りという舞台のもと受胎告知を示す要素が強まり、付属物に過ぎなかったガブリエルが聖母と相対するようになり、浮遊する幼子イエスを含む様々なモチーフも作品中に登場している。2)「神秘の一角獣狩り」の象徴的モチーフ「神秘の一角獣狩り」に描かれているモチーフは、いくつかのグループに分けることができる。実際に検証したものや写真で詳細が把握できた47点の「神秘の一角獣狩り」について、図像の特徴を明確にするため、モチーフの典拠ごとに(a)一角獣狩― 88 ―― 88 ―
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